そうして迎えた文化祭当日。
事前に行った学園内での宣伝は大成功で、ライブを楽しみにしていた学園生や外部の観客が続々と集まっている。
ただし、教師たちはセキュリティを強化し、学園生以外は厳しいチェックを通過しないと入場できないようにしていた。
そのおかげで、学園生たちは安心してライブに参加できるようになっている。
俺と門真さんはステージ裏でミリィ、カレン、リーコの三人と待機していた。
「本当にやるんだね、ミリィ」
「ええ。神崎や三島が何か企んでいるなら、このライブがチャンスだわ、絶対に」
美玲はいつもの姿でカレンやリーコと話をしている。
そして、カレンとリーコはステージ衣装を着ている。
「ミリィのただならぬ覚悟。本当に頭が下がるわ」
「大げさよ、リーコ。でも、私が今まで築き上げてきたものを壊すかもしれないのだから、怖い気持ちはあるわ。でも……」
俺に視線を送る美玲。
「ラビタス……。いえ、桐生直哉。あなたがずっとそばにいてくれるって信じているから、私は覚悟を決められたの」
「美玲」
「――さあ。月舘美玲、一世一代の大勝負! 行ってくるわよ!」
美玲の声は強気だったが、その背中は微かに震えていることに気がつく俺。
緊張が募っているんだ……。そんな彼女をそっと後ろから抱きしめた。
「直哉……?」
「美玲。お前ならできる。きっとわかってくれる学園生がいてくれるさ。安心しろ」
「……うん」
抱きしめた俺の両手を握る美玲。
「――観客の盛り上がりが最高潮に達しているな。行って来い、ステラノヴァ」
「「「はいっ!!!」」」
美玲、カレン、リーコの三人が気合の掛け声を発する。
観客の視線は一斉にステージへ注がれる。
彼女たちが一歩を踏み出した時、ざわついていた会場は一瞬にして静まり返ったが、次の瞬間、割れるような歓声が響き渡る。
俺と門真さんはステージや観客が見やすい位置に移動した。
「スゥ……。今回はステラノヴァの特別ステージに来てくれてありがとう。九重葛学園生のみんなには驚かせてごめんなさい」
ひとり制服姿の美玲が言う。
「どういうこと?」
「ねえ、なんで、月舘生徒会長がそんなところにいるの?」
「まさか、ミリィって?」
ざわつく学園生の言葉をしっかり聞いてから答えようとしている美玲。
「そう。私は……」
美玲はゆっくりと、メタルフレームのメガネを外し、その場で制服のボタンに手をかけた。
観客は息を呑む。
彼女の下に見えたのは、ステラノヴァのステージ衣装――煌めく衣装が露わになるにつれ、会場中の視線は彼女に釘付けになった。
「月舘美玲生徒会長であり、ステラノヴァのミリィでもあったの……!!」
観客たちは一瞬、息を呑んだ。
音が消え、ただ美玲の言葉が空気を切り裂くように響く。
「あ、やっぱり?」
「そんなことあるか?」
「まさか、ミリィが生徒会長だったなんて……」
「おい、信じられるか? あの月舘さんがアイドルだなんて!」
「ちょっと硬い感じがあったけど、意外と合ってるかもな」
「うん、でも正直……すごいと思う」
各所でさまざまな声が上がり始め、会場は再びざわつき始めた。
どうやら好意的な反応が多かったらしい。
「ありがとう……ありがとう……」
美玲の声は震えている。
緊張が一気に解け、胸の中にこみ上げてくる感情を抑えきれないようだった。
「こんな私でも、まだみんなの生徒会長でいられるの……?」
すると、観客席から声が飛んできた。
「なぁに言ってるんだよ、会長!」
「三島なんかよりよっぽどいいと思ったから俺たちはアンタを選んだんだぜ!」
「正直に言ってくれればよかったのにさ!」
ある学園生が、静かに拍手を始めた。
音は小さかったが、それが場内に響くと、まるでその音に呼応するかのように他の生徒たちも拍手を打ち鳴らし始めた。
最初はまばらだった拍手が、次第に大きな波となって、ステージ全体を包み込んでいく。
「ありがとう……ありがとう……」
美玲の声が、歓声と拍手にかき消されながらも、確かに響いていた。
「そう言えばさー、みんな! こっそりここから抜け出そうとしている人がいるの、気づいた~?」
カレンが、背を向けている人たちを見つけた。
彼女の言葉に、ステラノヴァのファンたちが一斉にそちらを見つめる。
「彼らのせいで、ミリィが苦しんだんだぞ! 誰か、止めて!」
カレンの呼びかけに反応し、運動部の部員たちが神崎と三島をステージへ連れてきた。
「さあ……。ミリィを苦しめたのは君たちだね。名を名乗って」
二人はしばらく無言だったが、カレンの鋭い視線に負け、ついに答えた。
「か……神崎雅久……」
「み……三島瞬だ」
可愛らしい顔立ちとは裏腹に、カレンの鋭い口調が二人を威圧する。
「お前たちのせいで、ミリィがどれだけ苦しんだか、わかってるのか?」
三島は鼻で笑った。
「……計画通りだよ」
「計画通り? 随分と大口叩くね」
カレンが冷たい目で三島を見据える。
「さあ、全部話してもらおうか。さもないと、アタシが全部引き出してやるよ」
神崎と三島はまだ観念していないようだったが、明らかに周囲の視線がプレッシャーになっている。
「で……。どっちが先に口を開く? それとも……アタシに話させるつもり?」
「カレン、少し落ち着いて。私が話を引き継ぐわ」
カレンが一歩前に進んだ瞬間、リーコが優しく手を挙げた。
「では、私がカレンに代わってお尋ねしますわ。三島さん。なぜミリィに対して、このようなことを?」
リーコの声は冷静で落ち着いていたが、その目には鋭い光が宿っている。
彼女は、優雅な微笑みを浮かべながらも、確実に三島の心を揺さぶるような迫力があった。
三島は一瞬視線を逸らし、言葉に詰まる。
リーコはその沈黙を許さない。
「私怨だ」
「私怨……ですか。つまり、ミリィが貴方の計画を邪魔した、ということでしょうか?」
「……そうだ。私は生徒会長になった。彼女は副会長だった。私は学園のすべてを掌握しようとしていたが、月舘美玲がそれを阻んだ」
リーコは一度静かに息を吐いた。彼女の表情は変わらないが、冷たさが増していく。
「なるほど……。確かに、それは貴方にとっては悔しいことでしょうね。
でも、その行動が正しいと思うなら、きっと心ある人たちは動き出したはずです。
私がミリィと同じ立場でも、同じように行動したでしょう」
一瞬、場が静まり返る。
「それにしても、私怨に基づいた行動で、ここまでの事態を引き起こすとは……。残念なことですわね。
そして。この学園での居場所がなくなったこと、よく理解しておられますわよね? どうぞ、早々にお引き取りください」
リーコは優雅に微笑みつつも、その言葉には鋭い棘が含まれていた。
三島はリーコのセリフを聞いた後、よろよろと立ち上がり、ステージを去った。