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第15話

 夏休みも終わりに近づき、8月の終盤に差しかかっていた。ほんの少しだけ涼しくなった風が、夏の名残を感じさせる。

 『ステラノヴァ』が大梅市だいばいしでライブをやるというので、いつものように一晴と行くことになった。

 虹架市でやるライブとあまり変わらない雰囲気だったが、ミリィの動きにキレがない。

 何か心配事でも抱えているのだろうか、だがその答えはつかめないままだった。

 そうして、ステラノヴァのライブは、観客の声援が響き渡る中で終わりを迎えた。

 そして、交流会。いつものようにミリィへ向かおうとしたが、門真さんに止められた。


「ラビタス、本当にすまないが、今だけは彼女に会わない方がいい。状況が少し……複雑なんだ」

「えっ、どうしてまた」

「今のミリィはラビタスを見たら、ここではちょっと言いにくいけど、彼女が感情的になってしまう可能性がある」


 門真さんのその言葉になにかを察した俺は、暇そうにしているリーコに向かうことにした。

 ……とはいえ、暇そうにしているなんて、失礼な言い方だが……。


「――あら、ラビタスさま。いかがなさいまして?」

「ミリィと話そうとしたら、門真さんに今回だけは勘弁してくれって言われてね」

「あら、そうでしたの。まあ、ミリィには、ラビタスさまに対してちょっとした感情があるみたいですのよ」

「?」

「いえ、こちらの話ですわ。……こうして、ラビタスさまとお話できるのはあとどれぐらいかしら」

「あぁ……そう言えば、リーコは……」

「門真さんからお聞きしているのなら、お分かりだと思いますけど、わたくしはずっとステラノヴァにいられるわけではないのですわ」

「……そっか。リーコ、悔いのないようにね」

「ええ。言われずとも、ですわ」


 俺の言葉に笑うリーコ。

 彼女と楽しく会話していると、何度か鋭い視線が背中に突き刺さるのを感じた。

 その度に、心のどこかでミリィの存在を意識せざるを得なかった。


 ☆★☆★☆★


 交流会も終わり、ライブ会場の入口で、一晴とともに歩き出したところを、門真さんに呼び止められた。

 彼は、いつになく真剣な表情で立っていた。

 しばらくして、門真さんと共に少し遅れて、美玲ミリィが戸惑い気味に姿を現した。


「美玲……どうしたんだ?」


 出てきた美玲ミリィの顔はなんだか違った。

 まるで小さな子どものように、門真さんの背中に隠れてしまっている。


「ほれ、ミリィ。ラビタスに大事な話をしたいんだろう? お前が踏み出さなければ何も変わらないんだぞ」

「で……でも……わ……私……」


 ミリィの自信に満ちた姿はどこかへ消え、今そこにいるのは、月舘美玲としての彼女だった。

 ミリィのキャラを忘れるぐらい、緊張しているという証拠か?


「美玲……」

「……あのね、話があるの」


 美玲は、少し震える手で俺に近づき、そっと両手を握った。


「うん」


 夕方だというのに、まだ昼間の暑さが空気に残っていた。

 その中、門真さんが立会人のように立っている中で、美玲が口を開いていく。


「私……」

「うん」

「……あなたのことが好き、って気づいたの」


 その言葉を口にしてしまったら、『ラビタスとミリィファンとアイドル』という関係性ではなくなるのではないかと。

 なんとなくそんな予感はしていた。

 けど、月舘美玲としての自分が、ラビタスこと桐生直哉を異性として好きになってしまったんだ。

 それは俺も同じ気持ちだった。月舘美玲を異性として好きになってしまったんだ。


「………美玲」


 美玲の頬は、夕焼けに照らされて赤く見えるのか、それとも恋する気持ちで頬を染めているのか……。

 俺には、もう見分けがつかなかった。

 美玲は、勇気を振り絞って、これまで築いてきた関係を捨ててでも、自分の気持ちを伝えたかったのだろう。

 彼女の勇気に、俺も全力で応えなければならない。


 だから……。


 俺は――。


「俺も、お前を愛しているよ、月舘美玲」


 美玲の緑がかった茶色の瞳から、感極まったように、涙が静かにこぼれ落ちた。


「み、美玲!?」


 突然の涙に驚き、どう声をかけたらいいのか分からない俺。


「あれ……。どうしてだろう……。嬉しいはずなのに……。涙が止まらない……」

「良かったじゃないか、ミリィ」

「か、門真さん……」


 さり気なくハンカチを取り出す門真さん。

 彼が差し出したハンカチでこぼれ落ちる雫を拭き取る美玲。


「美玲……」

「直哉……」


 恋人同士として、お互いの名前を呼び合う。

 その瞬間、胸がいっぱいになり、言葉にはできない喜びが俺を包み込んだ。

 名前を呼び合うだけで、こんなにも胸が満たされるとは思わなかった。

 嬉しさと愛情が溢れ、抑えきれないほどに膨らんでいった。

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