夏休みも終わりに近づき、8月の終盤に差しかかっていた。ほんの少しだけ涼しくなった風が、夏の名残を感じさせる。
『ステラノヴァ』が
虹架市でやるライブとあまり変わらない雰囲気だったが、ミリィの動きにキレがない。
何か心配事でも抱えているのだろうか、だがその答えはつかめないままだった。
そうして、ステラノヴァのライブは、観客の声援が響き渡る中で終わりを迎えた。
そして、交流会。いつものようにミリィへ向かおうとしたが、
「ラビタス、本当にすまないが、今だけは彼女に会わない方がいい。状況が少し……複雑なんだ」
「えっ、どうしてまた」
「今のミリィはラビタスを見たら、ここではちょっと言いにくいけど、彼女が感情的になってしまう可能性がある」
門真さんのその言葉になにかを察した俺は、暇そうにしているリーコに向かうことにした。
……とはいえ、暇そうにしているなんて、失礼な言い方だが……。
「――あら、ラビタスさま。いかがなさいまして?」
「ミリィと話そうとしたら、門真さんに今回だけは勘弁してくれって言われてね」
「あら、そうでしたの。まあ、ミリィには、ラビタスさまに対してちょっとした感情があるみたいですのよ」
「?」
「いえ、こちらの話ですわ。……こうして、ラビタスさまとお話できるのはあとどれぐらいかしら」
「あぁ……そう言えば、リーコは……」
「門真さんからお聞きしているのなら、お分かりだと思いますけど、
「……そっか。リーコ、悔いのないようにね」
「ええ。言われずとも、ですわ」
俺の言葉に笑うリーコ。
彼女と楽しく会話していると、何度か鋭い視線が背中に突き刺さるのを感じた。
その度に、心のどこかでミリィの存在を意識せざるを得なかった。
☆★☆★☆★
交流会も終わり、ライブ会場の入口で、一晴とともに歩き出したところを、門真さんに呼び止められた。
彼は、いつになく真剣な表情で立っていた。
しばらくして、門真さんと共に少し遅れて、
「美玲……どうしたんだ?」
出てきた
まるで小さな子どものように、門真さんの背中に隠れてしまっている。
「ほれ、ミリィ。ラビタスに大事な話をしたいんだろう? お前が踏み出さなければ何も変わらないんだぞ」
「で……でも……わ……私……」
ミリィの自信に満ちた姿はどこかへ消え、今そこにいるのは、月舘美玲としての彼女だった。
ミリィのキャラを忘れるぐらい、緊張しているという証拠か?
「美玲……」
「……あのね、話があるの」
美玲は、少し震える手で俺に近づき、そっと両手を握った。
「うん」
夕方だというのに、まだ昼間の暑さが空気に残っていた。
その中、門真さんが立会人のように立っている中で、美玲が口を開いていく。
「私……」
「うん」
「……あなたのことが好き、って気づいたの」
その言葉を口にしてしまったら、『
なんとなくそんな予感はしていた。
けど、月舘美玲としての自分が、ラビタスこと桐生直哉を異性として好きになってしまったんだ。
それは俺も同じ気持ちだった。月舘美玲を異性として好きになってしまったんだ。
「………美玲」
美玲の頬は、夕焼けに照らされて赤く見えるのか、それとも恋する気持ちで頬を染めているのか……。
俺には、もう見分けがつかなかった。
美玲は、勇気を振り絞って、これまで築いてきた関係を捨ててでも、自分の気持ちを伝えたかったのだろう。
彼女の勇気に、俺も全力で応えなければならない。
だから……。
俺は――。
「俺も、お前を愛しているよ、月舘美玲」
美玲の緑がかった茶色の瞳から、感極まったように、涙が静かにこぼれ落ちた。
「み、美玲!?」
突然の涙に驚き、どう声をかけたらいいのか分からない俺。
「あれ……。どうしてだろう……。嬉しいはずなのに……。涙が止まらない……」
「良かったじゃないか、ミリィ」
「か、門真さん……」
さり気なくハンカチを取り出す門真さん。
彼が差し出したハンカチでこぼれ落ちる雫を拭き取る美玲。
「美玲……」
「直哉……」
恋人同士として、お互いの名前を呼び合う。
その瞬間、胸がいっぱいになり、言葉にはできない喜びが俺を包み込んだ。
名前を呼び合うだけで、こんなにも胸が満たされるとは思わなかった。
嬉しさと愛情が溢れ、抑えきれないほどに膨らんでいった。