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第14話

 遠征ライブのあと、月舘さん――いや、美玲は、俺たちが二人きりになった瞬間、少し照れくさそうに言ってきた。


「ねえ、直哉。これからは、私のこと『美玲』って呼んでくれる?」

「え、いいのか? 美玲さん…あ、いや、美玲?」

「う、うん!」


 不意打ちで呼び捨てにされたからだろうか、美玲は頬を染めて、驚いたような顔をした。

 そんな彼女の反応が妙に新鮮で、俺の胸にもドキッとした何かが走る。


 ――今の状況を説明すると。

 俺は美玲に呼び出されて、虹架市にあるライブハウス近くのオタクストリートを歩いている。

 いつもは仲間とワイワイする場所も、今日は美玲と二人きりのせいか、少し静かな感じがする。


「で、美玲。今日は何の用事で俺を呼んだんだ?」

「実はね、直哉が一緒じゃないと買いにくいものがあってさ。それを一緒に見に行こうと思って」


 俺がいないと買いづらいもの?

 オタクストリートで……なんだろう?

 着いた店を見て、すぐにその意味がわかった。


「あの……美玲?」

「なに?」

「俺、完全に場違いなんだけど……大丈夫か、これ?」


 店内は、女性向けの衣装ばかりが並んでいる。

 どうして俺がこんなところに連れて来られるんだ……?

 戸惑う俺を見て、美玲が微笑んで言った。


「だって……直哉にだったら、見てもらいたいものがあるんだもん。」

「え……俺に?」


 どういうことだ……? ますます意味がわからない。

 それでも、俺は美玲に次々と女性向けの衣装を見せられてしまった。


 ☆★☆★☆★


 1週間が過ぎ、俺は門真さんに呼ばれて、『ステラノヴァ』のレッスン場に来ていた。


「あ、ラビタス君!」


 最初に俺を見つけたのはカレンだ。彼女の明るい声が響く。


「ラビタス様、いかがなされましたか?」


 続いてリーコが俺に問いかけてくる。


「あ、いや、門真さんに呼ばれて……」


 リーコの問いに、俺は少し戸惑いながらもそう返す。

 次の瞬間、門真さんが姿を現し、俺に声をかけた。


「すまないな、ラビタス。ミリィがラビタスを呼んでくれ、っていうものだから」

「いえ。別に……」

「――ラビタス!」


 その時、突然美玲――いや、ミリィの声が飛び込んできた。

 振り返ると、ミリィが俺に向かって駆け寄ってくる。

 彼女の顔には、何かを見せたいという期待の笑みが浮かんでいた。


「じゃん!」


 彼女が得意げに見せてきたのは、俺たちが先日一緒に買ったものだった。

 人気アニメキャラがプリントされたグッズで、彼女はそれを誇らしげに抱えている。


「ミリィ、まさか……」

「あ、うん! ラビタスと一緒に買ったから、どうしてもみんなに見せたくて!」


 彼女の言葉に、カレンとリーコがすぐに反応した。


「ミリィったら、ラビタスと一緒に買ったの、って言うから……」

「……ったく。アタシだってそんなことはしないのに……」


 カレンとリーコの口調はどこか羨ましそうだ。

 リーコとカレンが羨ましそうな言い方で口に出す。


「ミリィはラビタスをすごく信頼しているようだな。

 ラビタスと一緒に選んだものを、こうして身につけるなんて、よほど大切にしている証拠だ。

 大事にしろよ、この関係を」


 門真さんが穏やかに微笑みながら言う。


「それはもちろんですよ」

「さて、そろそろ休憩時間も終わりだ。みんな、戻るぞ」


 門真さんの声に、『ステラノヴァ』の三人はそれぞれの練習に戻っていった。


「ついでだ。見ていくか?」

「それは願ったりな話ですけど……」

「ミリィたちには、こうやって努力している姿を知ってもらうのも、いい経験になるだろう」


 門真さんがそう言うので、俺もそれに従った。

 『ステラノヴァ』のパフォーマンスをキレのあるものにするためには、こうした厳しい練習が欠かせないんだなと思った。

 三人の動きはほぼ完璧だったが、時折誰かがテンポを遅らせたり、振り付けを間違えたりしていた。

 そのたびに練習が止まり、彼女たちを指導している人が細かく指摘を入れる。

 指摘されたメンバーは、再び動きを確認しながら練習を再開する。

 同じ流れを何度も繰り返しながら、少しずつ精度を上げていく……。それが彼女たちの日常なのだろう。


「なるほど……」


 俺が感心していると、『ステラノヴァ』の三人は笑顔を浮かべて、練習を終えた。


「お疲れ様」


 俺がそう声をかけると、ミリィが疲れた表情で近づいてきた。


「ありがと、ラビタス。ちょっとお願いがあるんだけど、門真さんと一緒にお水買ってきてくれない?」


 ミリィに頼まれて、俺は門真さんと一緒に水を買いに行くことになった。


「あの、門真さん」

「どうした、直哉?」


 帰り道で、ふと気になったことを尋ねると、ミリィたちがいないせいか、門真さんは俺のことを下の名前で呼んできた。


「カレンとリーコは高校生……ですよね?」

「そうだ。二人とも高校2年生だ。リーコは来年の4月で卒業を控えているから、グループ名も変わるかもしれない」

「どうしてですか?」

「リーコの家は、裕福なエリート家系でな。彼女の本名は『五十嵐莉子いがらしりこ』というんだ。

 通っている高校も、私立の進学校だ。彼女が地下アイドルをやろうと思ったのは、子供の頃に見たアイドルアニメがきっかけらしい。

 一年という短い時間だけど、その分全力で充実させたいと語っていた。」


 リーコが本当にお嬢様だったことに、驚きを隠せなかった。


「親がよく許可しましたね……」

「だからこそ、一年だけなんだろうな。俺も話を聞いた時にそう思った。

 ステラノヴァの中では、みんなが輝いているが、リーコはひときわ光って見える。

 ……まるで、星が最後に放つ輝きのようにな」


 門真さんの言葉には、どこか寂しさと感動が混じっていた。


「もしかして、『ステラノヴァ』って名前を付けたの、門真さんですか?」

「そうだ、よく気づいたな、直哉。星の爆発、つまり『新星』のように一瞬で輝きながらも、力強く成長する彼女たちにぴったりだと思ってな」


 星や宇宙が好きなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は門真さんの話に耳を傾けつつ、再び三人が待つレッスン場へと歩いていった。

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