遠征ライブのあと、月舘さん――いや、美玲は、俺たちが二人きりになった瞬間、少し照れくさそうに言ってきた。
「ねえ、直哉。これからは、私のこと『美玲』って呼んでくれる?」
「え、いいのか? 美玲さん…あ、いや、美玲?」
「う、うん!」
不意打ちで呼び捨てにされたからだろうか、美玲は頬を染めて、驚いたような顔をした。
そんな彼女の反応が妙に新鮮で、俺の胸にもドキッとした何かが走る。
――今の状況を説明すると。
俺は美玲に呼び出されて、虹架市にあるライブハウス近くのオタクストリートを歩いている。
いつもは仲間とワイワイする場所も、今日は美玲と二人きりのせいか、少し静かな感じがする。
「で、美玲。今日は何の用事で俺を呼んだんだ?」
「実はね、直哉が一緒じゃないと買いにくいものがあってさ。それを一緒に見に行こうと思って」
俺がいないと買いづらいもの?
オタクストリートで……なんだろう?
着いた店を見て、すぐにその意味がわかった。
「あの……美玲?」
「なに?」
「俺、完全に場違いなんだけど……大丈夫か、これ?」
店内は、女性向けの衣装ばかりが並んでいる。
どうして俺がこんなところに連れて来られるんだ……?
戸惑う俺を見て、美玲が微笑んで言った。
「だって……直哉にだったら、見てもらいたいものがあるんだもん。」
「え……俺に?」
どういうことだ……? ますます意味がわからない。
それでも、俺は美玲に次々と女性向けの衣装を見せられてしまった。
☆★☆★☆★
1週間が過ぎ、俺は門真さんに呼ばれて、『ステラノヴァ』のレッスン場に来ていた。
「あ、ラビタス君!」
最初に俺を見つけたのはカレンだ。彼女の明るい声が響く。
「ラビタス様、いかがなされましたか?」
続いてリーコが俺に問いかけてくる。
「あ、いや、門真さんに呼ばれて……」
リーコの問いに、俺は少し戸惑いながらもそう返す。
次の瞬間、門真さんが姿を現し、俺に声をかけた。
「すまないな、ラビタス。ミリィがラビタスを呼んでくれ、っていうものだから」
「いえ。別に……」
「――ラビタス!」
その時、突然美玲――いや、ミリィの声が飛び込んできた。
振り返ると、ミリィが俺に向かって駆け寄ってくる。
彼女の顔には、何かを見せたいという期待の笑みが浮かんでいた。
「じゃん!」
彼女が得意げに見せてきたのは、俺たちが先日一緒に買ったものだった。
人気アニメキャラがプリントされたグッズで、彼女はそれを誇らしげに抱えている。
「ミリィ、まさか……」
「あ、うん! ラビタスと一緒に買ったから、どうしてもみんなに見せたくて!」
彼女の言葉に、カレンとリーコがすぐに反応した。
「ミリィったら、ラビタスと一緒に買ったの、って言うから……」
「……ったく。アタシだってそんなことはしないのに……」
カレンとリーコの口調はどこか羨ましそうだ。
リーコとカレンが羨ましそうな言い方で口に出す。
「ミリィはラビタスをすごく信頼しているようだな。
ラビタスと一緒に選んだものを、こうして身につけるなんて、よほど大切にしている証拠だ。
大事にしろよ、この関係を」
門真さんが穏やかに微笑みながら言う。
「それはもちろんですよ」
「さて、そろそろ休憩時間も終わりだ。みんな、戻るぞ」
門真さんの声に、『ステラノヴァ』の三人はそれぞれの練習に戻っていった。
「ついでだ。見ていくか?」
「それは願ったりな話ですけど……」
「ミリィたちには、こうやって努力している姿を知ってもらうのも、いい経験になるだろう」
門真さんがそう言うので、俺もそれに従った。
『ステラノヴァ』のパフォーマンスをキレのあるものにするためには、こうした厳しい練習が欠かせないんだなと思った。
三人の動きはほぼ完璧だったが、時折誰かがテンポを遅らせたり、振り付けを間違えたりしていた。
そのたびに練習が止まり、彼女たちを指導している人が細かく指摘を入れる。
指摘されたメンバーは、再び動きを確認しながら練習を再開する。
同じ流れを何度も繰り返しながら、少しずつ精度を上げていく……。それが彼女たちの日常なのだろう。
「なるほど……」
俺が感心していると、『ステラノヴァ』の三人は笑顔を浮かべて、練習を終えた。
「お疲れ様」
俺がそう声をかけると、ミリィが疲れた表情で近づいてきた。
「ありがと、ラビタス。ちょっとお願いがあるんだけど、門真さんと一緒にお水買ってきてくれない?」
ミリィに頼まれて、俺は門真さんと一緒に水を買いに行くことになった。
「あの、門真さん」
「どうした、直哉?」
帰り道で、ふと気になったことを尋ねると、ミリィたちがいないせいか、門真さんは俺のことを下の名前で呼んできた。
「カレンとリーコは高校生……ですよね?」
「そうだ。二人とも高校2年生だ。リーコは来年の4月で卒業を控えているから、グループ名も変わるかもしれない」
「どうしてですか?」
「リーコの家は、裕福なエリート家系でな。彼女の本名は『
通っている高校も、私立の進学校だ。彼女が地下アイドルをやろうと思ったのは、子供の頃に見たアイドルアニメがきっかけらしい。
一年という短い時間だけど、その分全力で充実させたいと語っていた。」
リーコが本当にお嬢様だったことに、驚きを隠せなかった。
「親がよく許可しましたね……」
「だからこそ、一年だけなんだろうな。俺も話を聞いた時にそう思った。
ステラノヴァの中では、みんなが輝いているが、リーコはひときわ光って見える。
……まるで、星が最後に放つ輝きのようにな」
門真さんの言葉には、どこか寂しさと感動が混じっていた。
「もしかして、『ステラノヴァ』って名前を付けたの、門真さんですか?」
「そうだ、よく気づいたな、直哉。星の爆発、つまり『新星』のように一瞬で輝きながらも、力強く成長する彼女たちにぴったりだと思ってな」
星や宇宙が好きなのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は門真さんの話に耳を傾けつつ、再び三人が待つレッスン場へと歩いていった。