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第13話

 そして、遠征ライブが始まった。

 最初こそ、不安そうな顔をしていたミリィだったが、ステージに上がると不安を払拭できたらしく、アイドルとしての自信に満ちた笑顔を浮かべている。


「なにをしたんだ、ラビタス」

「別に、何も特別なことはしていません。ただ、彼女の話を聞いてあげただけですよ」

「それだけで、こんなに自信を持てるのか?」

「さぁ、それはミリィ自身に聞いてみてください。彼女の中にあるものですから」


 門真さんは、ミリィがいつもより堂々としているのが分かるらしい。

 確かに、ステージ上で輝く彼女は、まるで別人のようだ。

 俺はその様子を横目に、門真さんと共に関係者席へ移動し、遠征合同ライブを見守ることにした。

 ミリィたちと親交の深いアイドルグループ『サファイア・ドリーム』が登場すると、会場は一気にヒートアップ。

 デュオのミズキとナオのパフォーマンスは、まるで『ステラノヴァ』と同じように圧巻で、ファン層もかなり重なっているようだ。

 今回は『サファイア・ドリーム』側の希望で、いわゆるヲタ芸が禁止されている。

 『ステラノヴァ』のファンの中には不満そうな顔をする者も見られるが、会場にいた複数の屈強な男性ファンが威圧するような視線を向けると、彼らはすぐに大人しくなった。

 ミリィの姿に目を向けると、そこには俺が普段知っている『月舘美玲』とは違う彼女がいた。

 ステージで歌い踊る彼女は、自信に満ちていて、まるで別人だ。

 アイドルとしての輝きと努力の結晶が、その一瞬に凝縮されているのを感じる。

 その時、ミリィがこちらをちらりと見て、にこっと笑ったように見えた。


 ──まさか、幻覚じゃないよな?


 ☆★☆★☆★


 ホテルのチェックアウトは翌日の昼前らしい。

 昨夜と同じように、俺とミリィ──いや、月舘美玲はこのまま泊まることになった。

 二人きりの時間になると、自然と「桐生直哉」と「月舘美玲」の関係に戻る。今は、誰にも見られていないから。


「なんとか無事に終わってよかったよ」

「お疲れ様、……月舘さん」


 ミリィと呼ぶべきか、月舘さんと呼ぶべきか少し迷ったけど、結局「月舘さん」と口に出した。

 ステージ上の彼女は、まるで別人のようだったから。


「ありがとう、桐生君」

「ミリィとしての月舘さん、すごかったよ……。近くで見ると、その魅力が本当に伝わってきた」


彼女は微笑んだ。まるで、アイドルの笑顔ではなく、素の月舘美玲の笑顔のようだった。


「そう言えば、どうしてアイドルを始めようと思ったんだ?」

「……そうね」


 月舘さんは、少し考え込んだ後、言葉を選ぶように話し始めた。

 以前、彼女が学生と地下アイドルの二足のわらじを履くようになった理由は、ストレスからの逃避だと聞いていた。

 しかし、実際にアイドルを志したきっかけは別の場所にあったようだ。


「私には姉がいて、お姉ちゃんも地下アイドルんだけど、学業を優先してやめちゃったのよ」

「それがきっかけになったんだ?」


 彼女は少し遠くを見るように目を伏せた。


「たぶんね。でもね、お姉ちゃんはこう言ったの。

 『私と同じ道を選んでほしいとは思わない。でも、もし私のことが羨ましいと少しでも感じるなら、挑戦してみてもいいかもね』って」


 姉の言葉が、月舘さんを動かしたのか。


「それで、『ステラノヴァ』のミリィとしての活動が始まったんだね」

「最初は本当にしんどくて、やめたいって何度も思った。でも今は違う。今は楽しいの。お姉ちゃんも、きっと同じ気持ちだったんだと思う」


 彼女はそう言って、ふと遠くを見るような表情を浮かべた。

 その表情は、どこか安堵したようにも見えた。


「ねえ、桐生君」

「何?」

「これからも、ミリィとしての私も、月舘美玲としての私も……よろしくね」

「もちろん、いつだって」


 彼女の言葉には、何か決意めいたものがあった。

 二つの顔を持つ彼女が、自分の人生を前に進めようとしている。

 そんな彼女の姿が、俺にはとても眩しく感じられた。

 夜が更け、俺は月舘さんに背を向けて眠りにつくことにした。

 それが、彼女との距離を保つための、自分なりの答えだったのかもしれない。

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