俺は荷物を置いていたミリィの部屋に戻った。
そこでは、ミリィが備え付けのテーブルに向かっている。
その姿は、学園でよく見かける月舘美玲そのものだった。
なんと声をかけたらいいのかわからず、彼女の様子をじっと見てしまった。
「……桐生君」
月舘さんの話し方になっていた。
「あぁ、月舘さん。どうしたの?」
「うん……。実はさ……」
「テーブルには、セットリストが書かれた紙が散乱している。
今回の遠征ライブは、『ステラノヴァ』と親交の深いアイドルグループとの合同らしい。
「遠征ライブって言っても、私たち単独じゃなくて仲の良いグループとだけど……。ちょっと不安で……」
「じゃあ、俺が同行してほしいと月舘さんが言ったのは……」
「それも理由の一つなの。桐生君、ありがとう」
「いえ。俺が同行して一緒にいることで、不安が和らぐのならお安い御用ですよ」
にこやかに答える俺。張り詰めていた糸がほぐれたような、そんな表情をする月舘さん。
「ねえ、桐生君。大雑把に聞いて申し訳ないけど、これどうしたらいいと思う?」
月舘さんが、セットリストや段取りを書いた紙を見せてきた。
「うーん……。細かいことは向こうさんにも聞いてみないとわかんないんじゃあないかな。
――そうだなぁ。トップバッターで出るのなら、テンション上がる曲がいいだろうと思う。
向こうに合わせて柔軟に変えられるようにするのがいいかもしれない」
「臨機応変に変えられるようなパターンを考えておく、っていうのがいいかしら?」
それに頷くと、じゃあそうする、と言って、散らばった紙をまとめ、別の紙にいくつかパターンを書き始めた。
彼女が悩んでいたのは、相手に合わせられるようにできるセットリストや段取りだったみたいだ。
☆★☆★☆★
その夜、寝ようとしたとき、ベッドがダブルサイズだと気づいて驚いた。
「え……?」
「これでいいのか?」
地下アイドルが泊まるには、ちょっと豪華すぎるんじゃないか?
ともかく、俺と月舘さんが一緒に入っても余裕がある広さだ。
「……どうしよう、月舘さん」
「そう……だね……。せっかくだし、一緒に寝る?」
「そう、しようか」
なんでこんなことを言ってしまったのかもわからないが、年頃の女の子と一緒に寝るなんて……。
俺は月舘さんからできるだけ距離を置いて、背を向けて寝転がったが、『こっちを見て!』と言わんばかりに、ぐいっと引き寄せられた。
「あ、あのさ……、月舘さ………ん?」
不安そうな表情の月舘さんが、俺の顔をじっと見ていた。
「……わかった。でも、背を向けさせてほしい」
「それでもいいから……私から離れないで……お願い……」
今にも泣き出しそうな彼女の声。
俺だから、こんな弱みを見せてもいいと思ってくれているのか。
月舘さんは、俺の背中にしがみつくように密着して眠りについたようだ。
スースーという寝息が聞こえてきたからである。
〔このまま、眠れるのだろうか……〕
という不安が脳裏をよぎったが、目を瞑ったらそのまま眠っていたらしい。
ヴィーヴィーとスマホが鳴り響く音が聞こえることでようやく気がついたからだ。