――今日もこんな時間か……。
虚ろな目で部屋の掛け時計を見ると、短針が11を指している。
どうしてこんなに身を粉にして働くことを強要されなければならないのか。
しかもこの一週間、土日関係なく朝早くから夜遅くまで……。
いくら生活のためだとは言え、プライベートも何もなければ、ゲームすることも動画を見ることもままならない。
ダメだ。何もする気力が起きない。
このまま朝まで眠ってシャワーでも浴びてまた出勤か……。嫌になるな……。
そうして俺は過労からくたびれたスーツ姿のまま、ソファーに倒れてしまい、そのまま永遠の闇に囚われてしまった――。
☆★☆★☆★
けたたましい音に気がついて俺は目を覚ました。
どうやらスマホのアラームが鳴り響いていたらしい。
もう朝か……。会社へ行く支度をしなきゃ……。
そう思ったが、見慣れたワンルームマンションの様子ではない。
くたびれた換えのビジネススーツセットや、散らかったペットボトルやコンビニ弁当は見当たらず、ハンガーラックに掛けられている学生服と勉強机が視界に入る。
どういうことだ、と思いながらも、鳴り響くスマホを止める。
スマホの画面には朝の7時であること。日付は春頃で土曜日であることがわかった。
――土曜日……?
昨日は土曜日だったはず……。なんで戻っている?
様々な疑問が脳裏をよぎる中、スマホが再びけたたましく鳴り響く。着信があったようだ。
画面には『
――北条……一晴……?
一晴っていうと……俺が過去にやっていた『輝ける未来へ ~ Reborn to Love』のサブキャラクターで、主人公である
……ってことは、俺はその主人公である桐生直哉になってしまったってことか?
「はい?」
『おはようでござるよ、直哉氏』
「ン、おはよう」
『寝起きのところ、すまないでござる。今日は「ステラノヴァ」のライブがあるから早めに連絡したですぞ』
「あ、うん。そうなのか」
『おや、直哉氏……。元気がない様子だが、大丈夫か?』
「いや、大丈夫だ。少し記憶がなくてな」
俺からすれば本当のことではあるが、「桐生直哉」からすれば嘘をつくことになっている。
『記憶がない、と……。ふむぅ……。とりあえず、
「なんとかしてみせるさ」
『わからなければ、某まで連絡してくれれば助けますぞ。では』
一晴はそう言って電話を切った。
そうなると、俺は「桐生直哉」になっているということだ。
とにかく、一晴の言うように浪速坂町の駅前まで行ってみることにしよう。それからでも遅くはない。
☆★☆★☆★
浪速坂町の駅に向かって歩く。
駅前には商店街があり、様々な店が並び、コンビニや弁当屋がある。
この辺は俺が学生の頃に住んでいた町にそっくりだ。……だが、『輝ける未来へ』の舞台ってこんな感じだったか?
なにか違うような気がしてならないが……。
ともかく、一晴に会わなければ話が始まらないだろう。
「おー、直哉氏~」
駅前には一晴が立っていた。
確か、こいつの中身はいわゆるドルオタで、今追いかけているのは「ステラノヴァ」とかいう三人組の地下アイドルグループだったっけか……。
見た目は、よく描かれるブサイクな顔つきではなく、黒髪の短髪で清潔感のある服装をしている、ごく普通の男子高校生って感じなんだけどな。
「それで、一晴。『ステラノヴァ』のライブ会場ってどこなんだ?」
「
「あぁ……そうだったか」
「んー、ちょっと某は不安ですぞ。直哉氏」
俺の言動を心配してか、一晴が言う。
「悪いな。さっきも言ったが、記憶があやふやでな。落ち着くまで頼りにさせてもらうぞ、一晴」
「承知つかまつった!」
元気よく一晴は言う。
思い出した。こいつは「桐生直哉」がピンチの時には役に立つキャラだった。
なら、今のこいつは頼りになる友人だ。
そう思いながら、彼とともに電車に乗り、目的地まで向かう。
一晴は「桐生直哉」はアイドルに興味はないが、友人である一晴の誘いなら無碍にはできないとして乗ってきてくれたという。
そして、今度の土曜に「ステラノヴァ」のライブがあるということで、待ち合わせをしていたのだという。
彼の言う「ステラノヴァ」について更に説明してもらった。
「『ステラノヴァ』は『ミリィ』『カレン』『リーコ』の三人からなるグループで、某は『カレン』に知られていますぞ」
「なるほど」
ミリィ……。カレン……。リーコ……。
あぁ、そうか。そう言えば、そんな名前だったか……。
……ン。待てよ。
確か、このシチュエーションは、『輝ける未来へ』の『生徒会長ルート』ではなかったか?
生徒会に関わりのあるヒロインのハッピーエンドを見てから出ないと入れないルートのはず……。
ということは、俺が「桐生直哉」としてやってきたこの世界は、生徒会に関わりのあるヒロインのシナリオをクリアしたフラグがゲーム内に保存されている状況なのか。
しかし、何故に? 何の理由があって?
「……直哉氏?」
「あ……あぁ。すまない。考え事をしていた」
「なんか直哉氏は色々と様子がおかしいですぞ? 既に知っていることを聞いていたりして……」
「言っただろ。記憶があやふやで忘れていることもあるってさ」
「そうでしたな。某の早とちり、お許しくだされ」
そう。それでいいんだ、お前は……。