目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第5話

 関西全域を支配する指定暴力団藤堂組。その組長、藤堂。数か月前まで、俺が藤堂組長に抱いていたイメージは冷酷無比な男だった。敵対組織は容赦なく殲滅する。自身を狙ってきた殺し屋には残酷な拷問をかけ、必ず雇い主を吐かせる。そうした藤堂組長の逸話を聞けば、怪物をイメージするのは当然だろう。


 だから、俺の組が藤堂組に吸収された時は、この世の終わりを迎えた気分になった。俺の組と藤堂組は、両者ともシノギとして地下格闘技団体の運営を務めていた。それがある日、藤堂組から打診があった。両団体で対抗戦を行い、勝者の組が敗者の組を吸収するという内容だった。条件として、藤堂組からは選手を一人しか出さないと付け加えられていた。俺のオヤジは、こんなうまい話は無いとその話に飛びついた。


 それが罠だと気づいたのは、藤堂組の出場選手として藤堂組長本人が出てきた瞬間だった。それは戦いではなかった。一方的な殲滅だった。こうして、俺の組の選手は藤堂組長に傷一つ負わせられないまま敗北し、俺の組はあっけなく藤堂組に吸収された。


 俺の組が消滅した日、俺はオヤジと共に藤堂組長に呼び出された。正直、死を覚悟した。元の組長とその息子。影響力を考えれば、生かしておくより殺してしまったほうが安全だろう。オヤジも同じ思いだったに違いない。俺たちは、震える手で藤堂組長の部屋をノックした。


「やあやあお二人さん!いやあこの度は不作法を働いてもうてホンマ申し訳なかったです!ああどうぞ座ってもろて」


 毒気を抜かれた。藤堂組長は明るい口調と笑顔で俺たちを迎えてくれた。


「強引な手法で■■組さんを引き抜かせてもろうたんはね、心から申し訳なかったと思っとります。でもワイはどうしても皆さんと手を組みたかった!ワイのところと、■■組さんとこの裏格の団体。ふたつが合わされば裏格の揺るぎないトップになるんは間違いない!どうかこれからは手を取り合って、裏格を盛り上げていきたいと思っとるんです!どうかお願いしますわ!」


 藤堂組長は深く頭を下げると、俺たちに手を差し出した。予想と反する藤堂組長の姿に、俺もオヤジもただただ困惑したまま握手をした。圧倒的な強者であることは噂通りだった。だが人柄はなんだ。噂に聞くような残虐非道な極道とは到底思えなかった。なんだ、ただ強いだけで大したことのない人間じゃないか。




 結論から言う。俺は間違っていた。


 組の吸収から8か月後、俺は藤堂組長に呼び出された。藤堂組で俺はそれなりの成果を上げてきたから、もしや臨時のボーナスでも貰えるのではないか。そんな甘い考えで俺は藤堂組長の部屋に入った。


 俺の目に飛び込んできたのは、変わり果てた姿になったオヤジの姿だった。


「この“灰皿”なあ、他の団体と内通して、ウチの選手を移籍させようとしとったんや。スター選手を失わせてウチの人気を落とし、組を乗っ取られた復讐を果たそうと思っとった…とかほざいてたで。内通先の団体に匿ってもらおうとしてたみたいやがな、甘いわ」


 藤堂組長はオヤジに葉巻を押し当てると、次の葉巻に火をつけながら俺に近寄った。


「なあ息子クン。人間ってなんやと思う?ワイはなあ、仁義をしっかり通す。仲間を裏切らない。それが人間として当たり前のことやと思うんや。どうや?オマエはどう思う?“コレ”は人間やったと思うか?」


「に…人間じゃありません…」


 俺は声を絞り出した。恐怖で喉が震えていた。それでも、その言葉を言わなければ殺されると本能が告げていた。


 藤堂組長は俺の返答を聞いて笑顔を浮かべたが、その目は冷たいままだった。


「ほな、ちょっとお話しよか。息子のオマエがホンマに何も聞いとらんかったか。一枚噛んでなかったか。大丈夫や大丈夫!ワイの特技は嘘をつかせないことやねん!ちょっと痛いかもやけどな、ホンマに潔白なら解放したるさかい。さ、どうやろな。オマエは人間だったらええなあ」


 藤堂組長が吐き出す煙を顔面に受けながら、俺は心底後悔した。


 怪物の腹の中に飛び込んでしまったことを。腹から逃げ出そうとしたことを。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?