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第2話

 大学を卒業し、新入社員として入社し2か月。自分では、必死に頑張ってきたつもりだった。それでも私は同期と比べると仕事の覚えが悪く、同期と比較され上司に叱責を受けるばかりの毎日だった。


「あんま気にすんなよ。お前が一生懸命やってるのは、ちゃんと伝わってるって」


 同期は励ましてくれたが、その励ましさえも疎ましく感じられた。持たざる者にとって、持つ者の言葉がどれほど上から目線の物言いに感じられることか。その言葉のことごとくに、どれほど憐憫を見出してしまうか。私は心の中のどす黒い感情を必死にひた隠しにし、同期に偽りの感謝を述べた。

 退勤後、私はその夜もスーパーに寄った。スーパーで決まって買うものは、プライベートブランドのストロング系のチューハイを3本と、半額の弁当。帰宅後、弁当を食べながらチューハイを飲み、寝る前に睡眠薬代わりとしてチューハイを2本飲むことが私の習慣だ。新人で収入の低い身では贅沢はできないので、食費も酒代も切り詰める必要がある。酒を控えればもっと節約できるのだが、仕事のストレスで参っている身としては、酒での現実逃避はどうしてもやめられなかった。

 娯楽代も節約していた。私が時間潰しにやることは、Youtubeの動画の視聴と、Twitterでのフォロワーたちとの交流だ。これなら出費は一切かからない。Youtubeの動画はいくらでも存在するし、Twitterで漫画や小説の感想などを話していると、気がつけば一時間以上は経っている。

 その夜は、Twitterで小説の話をしていた。あの作家の新作が反社会的要素が強いが面白いだの、あれが刺さったならあの作品もオススメだのと。その流れで、私に小説を書くように勧めてくれたフォロワーがいた。


「いつも感想の文章しっかりしてるから、自分でも小説書いてみたらいいのに」


 それは「藤堂」というアカウント名のフォロワーだった。彼は私より二回りは年上のベテラン社会人で、とても物腰柔らかな、インターネット越しでも大人の余裕が伝わるような人だ。所詮インターネットの交流であるからそれ以上のことは知らないが、それでも私は藤堂さんのことを友人のように思っていた。


「じゃあこの小説みたいに反社会小説にしてみようかな。藤堂さんをヤクザにしてもいいですか?」


 私は冗談で聞いてみたのだが、藤堂さんは了承してくれた。他人をモデルにしたキャラクターを暴力団にして小説を書く。常識的に考えれば倫理的にアウトな行為だ。しかし私は酒の勢いもあり、実際に小説を書き始めてしまった。

 やめておけばよかったのだ。本当に。手遅れになる前に。

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