アバニ達をそそのかした奴の顔がやっぱり思い出せない。
手がかりも無いし、困ったわ。
「おいっ!」
「何です?」
「掃除に来たというわりには手が止まっているが?」
「あら、失礼しました」
再び、ハタキを動かせば、ホコリが宙に舞っていく。
「ゲホゲホッ!あの、ホコリだらけですけど、いつ掃除したんですか?」
ヴァノン、否、お師匠様は黙ったまま、後ろを向いた。
「ちょっと!それ、どういう反応ですか!」
「別にお前に掃除をしてくれとは頼んでいない」
「普通、弟子と言えば、師匠の身の回りの世話をするものでしょう?」
「それ、何情報だ?」
「小説?」
「はあ…。いつの時代の小説だよ。全く、そういうのは勘弁してくれ!第一、この店には貴重な聖装飾物も多いんだ。うかつに動かしたら…」
「あっ!」
積み上がっていた紙の束が頭上に落ちてきた。
「ほら、いわんこちゃ…」
「きゃあっ!」
「凄いな!お前は曲芸師か何かなのか?」
両手にはいかにも歴史のある高級茶器と置時計。足には宝石があしらわれた腕輪。
要は上から落ちてきた聖装飾物と思われる品物をキャッチしている状態なのだ。
そして、頭上スレスレの所で止まっているのは大きな壺。
これがぶつかったら私きっと死ぬわね。その心配はなさそうだけど。
何せ、師匠が寸前の所でキャッチしているから。
今、気にするべきは床に散らばった紙類で滑らずにいられるかどうかの方である。
またお師匠様に背中から抱きかかえられている状態なのもちょっと申し訳ない。
「20年ぐらい前の芸風発言やめてください」
「古いのか?」
「こんな時に言う言葉じゃないって言ってるんです」
「とにかく早く、回収してください」
「ああ…」
離れていくヴァノンの腕や背中の感触にホッと息をついた。
「もう、掃除はやめてくれ」
「とりあえず、今はそうしておきます。あれ、これは?」
「うん?」
周囲に散らばった資料が目に止まる。
どれも黄ばんでいて古い。
時計の設計図や絵画の下絵やアクセサリーのデザイン画が描かれていた。
「知られている聖装飾物の一覧だ」
「こんなにあるんですか?」
ざっと確認しただけでもかなりの数千点はある。
「この辺りにある資料は大体、エミストロートの作品だな」
エミストロート?
その名前、お父様も言っていたような…。
「誰なんです」
「知らないのか?」
「悪かったですね」
「調整師として生きるなら、エミストロート・ユニアだけは覚えておけ」
生涯の仕事にする気はないんですけど…。
「何せ、装飾師で唯一、名前が分かっている人物だからな」
「そうなんですか?」
「世間的にという意味ではあるが…」
じゃあ、他にも名前分かってるんだ。
ややこしい言い回しはやめて欲しい。
「エミストロートは生涯で1000点以上に上る作品を残してるんだ。その作品を手にした人間は必ず幸運になってきたと言われている。何代か前の皇帝も玉座に付けたのはそのおかげだと言われているしな。後はどこかの市長とか?親に反対されていた恋人達もエミストロートの聖装飾物で成就したという話も…」
「どれも漠然としてません?」
「噂話だけが独り歩きしているのは否めないがな。だが、彼の作品が帝国で一番多く発見されているのは事実だ。そのすべてが一応、幸運物に分類されている」
「へえ~」
「それにエミストロートは自分の作品に独特のサインを残しているのも大きい」
「それはどんな物です?」
「六つの線を縦と横に並べた形だ」
それって独特って言えるの?
まあ、いっか。
「そう言えば、お師匠様。聖装飾物には幸運にするものと不幸にするものがあるんですよね」
「そうだ。幸運砂で作成するのか不運砂で作成するのかで出来上がった品の力は決まってくる。装飾師はどちらの砂も生み出せたと言われている。そしてそれらの力が増し、形を成すのが運鬼だ」
「それじゃあ、最初は幸運物だった物が不運物になったりもするんですか?」
「お前と初めて会った時に絶命した男が身に着けていた物のような聖装飾物について言っているのか?」
本質をつかれて、思わずドキリとした。
「奴が持っていたのは不運物だ」
「でも…」
アバロニアは…。彼らは自らの願いを叶えた。
どんな形であろうとも…。
それが不運だと?
「アイツとお前がどんな関係かは知らないが、一見、幸運に見えても不幸である場合はある。逆もしかり…。まあ、たまに幸運と不運が同居している聖装飾物もあるが、あの男が身に着けていた物とは異なる。要は聖装飾物といっても、一言では説明できないんだよ。発動も作用も個性がある。しかし、あの男があれほどの絶叫の元に命を落とした所を見ると不運物にあたるだろう。推測ではあるが、肌に直接埋め込む仕様であるのを考慮に入れると持ち主が所有する運釜に保管された運を吸収して、不運にかえる聖装飾物だったんだろう。一体、どこで手に入れたのやら」
「調整師でもお目にかかれないの?」
「あんまり聞かないな」
「そう…」
ここに出入りしていれば、すぐに情報は手に入ると思ったけれど、そう簡単にはいかないようね。
運を使って探そうにも、あんまりむやみやたらに使うとお師匠様に怪しまれるし…。
それでも、調整師として、活動していればその手の情報は普通に過ごしているよりは入りやすい。
むしろ、ヴァノン・メイディー。彼とお近づきになれた事自体が以前、願った運の効果なのかも。
私にしてはちょっと楽観的ではあるけれどね。
「おい!」
「はい?」
「また、ボーっとしてるな」
「平気です」
「なら、行くぞ」
「どこへ?」
「聖装飾物探しだ」