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第41話 調整師の弟子

シアは目の前の青年の行動をただ何の感情もわかずに観察していた。


「何を確かめたいの?」

「お前の力の方向性だ」

「回りくどい言葉を使うのね。運を操作する力だと言えばいいのに…」

「そうだ。だが正確ではない。こっちへこい」


促されるまま、先ほど老人に纏わりついていた小動物を放り込んだ壺の前に立たされた。


「この子達は?」

「運鬼さ。運というエネルギーを糧に生まれた形ある存在。アンタも見ただろう?」

「エヴィウス小男爵の周りにまとわりついていたわね」

「ああ…」


アバロニアの名は口にしたくなかった。

あんな最後を迎えたとはいえ、腹が立つ。


「その壺に手を添えてくれ。両手でな」

「指図しないで」


何だか、この男の物言いはイライラさせられる。

そもそも、この男は信用できるの?


「早くしてくれ」


強い口調で語られ、思わず肩をすくませる。

今も壺の中で不気味な運鬼達が蠢ていた。


一体、何を確認しようっていうの?


しかし、言い返してはいけないような空気が漂っていた。

仕方なく、命令通りに手を添えた。

その瞬間、ビリッとした痛みが全身を走る。


「イタッ!」

「私に何をしたの?」

「何もしていない。俺はな…」


顔色を変えない男にさらにいら立ちは募る。


もしかしたら私はもてあそばれている?


「帰る!」

「このまま、店を出れば、お前は近いうちに死ぬぞ」

「えっ!」


店を出ようとした足が止まった。

青年は今度は小さな筒を取り出し、その蓋を開けた。

飛び出してきたやはり、小さな動く物体。

それはシアの顔に張り付いた。


温かい…。


「今度は何よ!」


引っ付いていた物をはがすと壺の中を動き回っていた赤色の小動物とは違う青色の個体と目が合った。


「視えていなかったのか?自分の体に纏わりついている幸運鬼が…」


青年の声と同時に体中に何かが這いまわっている感覚に目覚める。

恐る恐る肩を触ると手に持っている物と同じ色の小動物が蠢いていた。


「ひっ!」


思わず声が漏れる。


「それは幸運鬼。文字通り幸運を司る。ちなみにお前が手を添えていた壺に入っていたのは不運鬼だ」

「私に幸運鬼がついているっていうなら、良い事なんじゃないの?」

「数が少なければな。だが、なんでも多ければ良いと言うものではない。幸運も不運もバランスが重要だ。それが崩れた時、運鬼は現れる。過度な幸運値が高まっている場合は幸運鬼が…。その逆なら不運鬼だ。奴らは人にも聖装飾物にも取り付く。お前、最近体調が悪かったんじゃないのか?倒れたぐらいだからな」

「それが何だって言うの?貴方には関係ない」

「ある。調整師だからな。最近、力を乱用していただろう?」

「それは…」

「説明したはずだ。運はバランスだと…。通常ではありえない幸運がお前に集まっている。そのエネルギーが体を蝕んでいるんだ」

「そう…。だから何?私の命なんて…」


もう、死んだも同然なんだから今更…。


「それが無関係の奴にも作用すると言ったらどうする?」

「このまま、力の使い方も分からず過ごせば、お前は良くても、普通に生きている善良な人達に不幸が起きるぞ」

「それは脅し?」

「いいや。お前は人が良さそうだからな。罪もない子供やその家族の涙を黙って見過ごせるとは思えないだけだ」


確かにそうだわ。私は復讐相手やそれと同様の悪人がどうなろうと知ったこっちゃない。

けれど、無関係な人が巻き込まれるのは違う。


「私に力の使い方を教えてくれるというの?」

「ああ、そのために呼んだ。このまま、放っておいたら俺の仕事が増えるだけだからな。お前の力の方向性も分かったし…いい事だ」

「その方向性って何なの?」

「不運鬼には反発したが、幸運鬼には耐性がある。つまり、幸運に干渉する力のベクトルが強いと解釈できるわけさ」

「それって重要なの?」

「ある意味ではな。その話はおいおい話す。まずはその大量発生した幸運鬼を何とかしてくれ」

「どうするの?」

「やり方は簡単だ。運釜を操作したのと同様に。そいつらの運を下げてやればいい」


下げる?


「良いわ。やってみる」

「一つぐらいは残しておけよ」


注文が多い…。

はあ…。まあいいわ。

意識を集中して…。

運を下げるイメージを…。


意識を集中すると纏わりついていた幸運鬼達が緩やかに姿を消していった。


「これでいい?」


残ったのは頭の上に乗っている幸運鬼一体だけだ。


「どうして、一つだけ残すように言ったの?」

「俺達は運壺を持っていない。それはつまり、運を保管する器官がないという意味だ。もしもの時に困るだろう?いざとなった時、自分自身を守る術がないのは…」

「優しいのね」

「弟子に死なれちゃ、良い気分はしないからな」

「弟子?誰が?」

「アンタ…」

「私、貴方の弟子になるなんて一言も言ってないわよ」

「俺に教えを乞うと言ったじゃないか!それは弟子になるのと同義だろう」

「確かにそういう理屈も通る気も…」


いやいや、納得させられてどうするのよ。

でも、アバロニア達に接触した男は聖装飾物をチラつかせてそそのかした。

つまり、売り手は聖装飾物に詳しい人間。

この青年のそばにいた方が情報は入ってくるかもしれない。

これはチャンスよ。運に恵まれたのなら、それを使わない手はない。


「いいわ。弟子になる。お師匠様」

「物分かりがいいな。そういや、名前を聞いていなかった。俺はヴァノン・メイディー。幸運骨董品店の主兼調整師だ」

「私はシア・シエリー。これからよろしくお願いします」

「ようこそ。調整師の世界へ。シア」


青年は細長い目をさらに緩ませて微笑む。

これが、調整師として歩む事になった私、シア・シエリーと師匠ヴァノンとの出会いであった。

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