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第40話 幸運骨董品店

ヴァノンの一日は傍目から見れば、基本的に暇だ。聖装飾品が絶対的に信頼され、その心眼を持つ者が大勢いた時代ならいざ知らず、近代化が進む帝国ではその存在の真実を知る者も少なくなった。


表の世界で生きてきた調整師という職業も影で動く者へと姿を変えていくのだろな。


しかし、運を司るという聖装飾品は伝統と信仰としての形で今も残っている。

とはいえ、代々受け継いできた幸運骨董品店に積み上げられている正真正銘の古い品物たちはそのほとんどがガラクタである。


正直、俺の代で終わりかもしれない。

それでも…。


「相変わらず、暇みたいだね」


入ってきた老人を目に止めて、わざとらしく肩をすくめる。


「そう見えます?」

「分かっているよ。君は意外と忙しいのだという事はね」


先代の時代からご贔屓にして頂いている顧客ではあるが、この人が何者なのかヴァノン自身よく知らない。


「はあ…。ミスター・ストーク様。貴方様がジョークがお好きだとは思いませんでした」

「君もお父上と似て堅物だね」

「我が家の一族がみんな、俺みたいではないですよ。ちゃらんぽらんな奴の方がお好きなら…」

「君を否定しているわけではない。言葉足らずだったね。すまない。今日もよろしく頼むよ」


以前見た時よりもさらに細く、青白くなった老人の体は痛々しげに思える。


「ここは病院ではないんですがね」

「分かっている。だが、私にはお前さんの治療が何よりも効果的なのだ」

「治療とおっしゃるのですか?」

「私にとっては緩和治療と変わらんよ。それに気持ちが安らぐからね」

「安らぎますか?」

「ああ…。最後の時が近いのは分かっている。私にも彼らが視える人間だからね」


ストーク氏の体を纏わりつく不運の象徴たる不運鬼の数がさらに増えた気がする。

昨日、不運に見舞われた男に比べれば、まだマシだろうがな。


ヴァノンはストーク氏に張り付く不運鬼を一体ずつ手づかみで掴んでいき、用意していた美しい装飾が施された壺の中に収納していく。人一人が余裕で入れる大きさの物だ。

これなら、ストーク氏に張り付いた不運鬼はすべて回収できるだろう。


「言っておきますが、またすぐに寄り付いてきますよ」


ストーク氏の頭上にある運釜は不運砂で占められている。


「仕方がない。歳だからね。病魔にも襲われている身だ。運釜の調整はしなくていいよ。そこまで君を煩わせたくはない」

「お気を確かに」

「ああ…これは今日の分だ」


十数枚の金貨を手渡されて驚いた。


「ストーク様。これは多すぎます」

「私からの気持ちだ。遠慮せずに受け取ってくれ。次はいつ来られるかも分からないから」


この人は頑固だ。

突き返そうとしても、無理そうだな。


「分かりました。では、遠慮なく受け取っておきます」

「そう言うところはお父様と違って、利口だね」

「父よりは商才はあると思っていますよ。こう見えてもですが…」

「頼もしいよ」


杖をつき、去っていく老人に頭を下げる。

それと同時に奥の部屋の扉が静かに空き、視線を向けた。


そこには不審げな様子で立つシアが腕を組んで立っている。


「目が覚めてよかったよ」


ヴェインは軽やかな笑みを浮かべた。


「ここは?」


かたや、シアの表情は未だ硬い。


「俺の店」

「幸運骨董品店…本当にお店だったのね。古い物を売っているの?」

「そうだよ。店の前で倒れられた時はどうしようかと思ったよ」

「私、たどり着いていたのね。ここに来るつもりだったから」

「そうか。運がいいんだね」


まるで久しぶりにあった旧友のように話を進める男をシアは観察した。


こうやって、向かいあって話すと彼がマーシャン家に来ていた調整師だと確信できるわ。

向こうは気づいていないだろうけれど…。


「もしかして、アバロニアの記事を書かせたのは貴方?」

「そうだと言ったら?」

「どうしてそんな事を?」

「それが俺の仕事だから。調整師としてのな」

「調整としての仕事?」

「お前、調整師を知らないのか?」

「信仰の対象である聖装飾物の鑑定と売買でしょう?」

「その認識で間違ってはいないが、正しいとも言えないな。多くの人間は聖装飾物のすべてが幸運をもたらすと思っている。しかし、それは違う。中には不運をもたらす物もあり、また幸運力が強すぎて、持ち主やその周りの事象すべてを破滅に追い込む事もある。それらをあるべき姿に戻すのが調整師の役目だ」

「まるで面白くもない講義を聞いている気分だわ。ただの古いだけの品物ではないって事でいいのかしら?」

「運を操っている君にしては懐疑的な発言だな」


表情の読めない視線に射抜かれて、体が固まる。

確かに死を覚悟し、生還したあの日から見える景色は変わり、幸運に守られて来たのは自覚している。


「でも、私は聖装飾物を持っていないわ」

「そうだな。運釜も君にはない。俺と同様にな」

「運釜?」

「さっき、来ていた老人の頭上に浮いていた器が視えていたんじゃないのか?いや、今日だけではなくこれまでだって人の頭上に浮かぶ運釜を視たはずだ。そして、お前はそれらに干渉した事がある。違うか?」


確かにその通りだわ。悲劇の日から私はついている。そして、出会う人達の頭に小瓶のような器が浮いているのは何度かみた。そして、その中身を操作するイメージをしたら、都合のいい展開を迎えた。そう考えたら、お母様やお父様…ラルフを恐怖に陥れた聖騎士達を葬れたのだって…。


「やっぱりな」


私が黙っていたのを肯定ととらえたらしい。


「何も知らず、聖装飾物否定派のわりには力を使うのが上手いな」

「あれは何?」

「だから、運釜だよ。その所有者が持っている運が視覚化されたものだ。青が多ければ幸運が…赤が多ければ不運の方が強い」

「私には青色しか視えなかったわ」

「そりゃあ、目覚めたばかりだからだろうな。運に干渉できる人間は運釜を持たない奴に限られる。見たところ運釜が壊れてからそれほど日にちが立っていないようだ」

「運釜が壊れた?」

「心当たりはないのか?運の秤を超える不幸か、それとも幸福。もしくはそれに等しい聖装飾物を手にしたとかな」

「聖装飾物に縁はないわ。以前、我が家に来た調整師は聖装飾物はないと言っていたもの」


そう断言したのは貴方じゃないの。


「そうか。だが、聖装飾物の中にはとある発動条件を満たさないと運が発生しない物もある。例えば、強い感情とかな」


嘆きの乙女の愛骨――

あのヘンテコな名前が付けられた聖装飾物を握りしめて目覚めたあの日から視える世界が変わった。なら、本当に?


「強い感情…。それは怒りとかでもありえるの?」

「ああ…。心当たりがあるんだな」

「ええ~」

「運釜を持たない人間は運を溜めてはおけない。しかし、その代償か?はたまたそれ故なのか、運に干渉し、操作する力を持つ。昔はそう言った人間達が調整師となる場合が多かった。今ではその限りではないがな」

「もしそれが真実だったとしても、アバロ…エヴィウス卿の件をあんなスキャンダルに変える必要はなかったんじゃないの?失踪なんて…」

「言っただろう。聖装飾物の中には人を不幸にも幸福にもすると…。そして、そう言った物は人々の関心が集まれば集まるほど力が増す場合がある。視える者…視聖者達が少なくなった時代でそれを説明するのは難しいだろう?以前の君みたいな者も多いのだから」


聖装飾物の力を信じている人間は少なくなってきているものね。


「でも、それとは別でしょう?」

「第一皇子の側近があんな亡くなり方をすれば、ゴシップのネタとして長く騒がれるだろう?なら、チープな恋愛沙汰の方がまだマシじゃないか?それに君だってその方がいいんじゃないか?あの男とは因縁めいた物があったようだしな」


痛いところついてくるわね。

復讐したかったと本当の事を言っていいものか悩むわ。


「でも、遺体は見つかったわ」

「だが、特定は難しい。彼のように聖装飾物に溺れた人間に注目が集まれば、運はあらぬ方向へ傾く可能性がある。忘れられるのが一番手っ取り早いんだよ」


つまり、彼にとってもアバロニアの身元が分からない方が都合が良いわけだ。


でも、どちらにしても、


「つまり、貴方には世論を動かせるほどの権力者がバックに付いてるって事ね」

「権力者とは言いすぎだがな」


調整師って何なのよ!

目の前の男の真意もよく分からない。

用心した方がいいかもしれない。

けれど、私は手にした力について何もしらないのも事実。

慎重に対処するのが得策だわ。


「で、私をここに呼びつけた理由は?ベッドを貸してもらった身としては大柄な質問だとは理解しているけれど、知りたいわ」

「意外と冷静だな」

「喚いても仕方がないじゃない」

「そっちの方が俺はやりやすい。とりあえず、本題に入る前に確かめたい事がある」


ヴェインは意味ありげにシアの手を取ったのであった。

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