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第38話 卑しい本性

葛藤抱えながら、建国祭の当日を迎えたのだ。

ルシアが手に入るかもしれないという期待は膨れ上がっていた。

その意味するのが何なのかよく分からないままに。

建国祭にはルシアとその姉も来ていた。対照的な二人だ。ルシアはここでも主役だった。

現れた皇家すら霞むオーラを放っていた。

この場に集まったすべての人間が彼女に夢中になるのは見て取れる。


最初に目をつけたのは俺なのに…。


このままでは彼女は協定を結んでいる友以外の男を選ぶかもしれない。

そんな悍ましい感情が蠢ていた。

そんな中で、ルシアの一族であるマーシャン家についても話題に上っていた。

だが、それがどんな内容なのか頭には入ってこない。変わりに、何かに導かれるように皇宮の一室に足は自然と向かっていた。

もう、皆が集まっていた。先ほどの嫉妬を落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。

ユリウスもリアットも同様の様子だった。そこからはパーティの様子を見下ろす事が出来た。


まるで光と影だ。自分達にとっては今からが本物のパーティが始まるのだ。

そして、願い通りに彼女はメインディッシュのように招かれてきた。


あの男に連れられて…。


明るい場所にいた彼女の華やかな装いはより輝いていた。

真っ暗闇に舞い降りた月の女神のようだ。

胸がいつもより跳ね上がった。


「きゃあっ!」


謎の男の姿が一瞬で消えたことも気づかずに友人達はルシアに飛び掛かった。

だが、アバロニアはその場で立ち尽くしていた。

彼女の叫び声が小さくなり、吐息になってもその光景を眺めていた。

欲望を彼女にぶつけている友人達の様子がスローモーションのように再生されている。

まるで長い時間、そうしていたように思う。

すべてが終えた時、誰かが我に返り、自分達が犯した蛮行に慄き、グッタリと倒れるルシアをその場において、逃げ出した。俺もユリウスが逃げ去る足音を追うように後にした。


羽をもぎ取られたようなルシアを残して…。


あの場所の出来事、すべてこそが幻だったように思った。

ルシアがその後、飛び降りてマーシャン家に不幸が降り注いだと聞いても心はどこか別の場所にあった。そんな頃だ。第一皇子の執務官の話が舞い込んできたのは…。


皇帝の命令で誰かを皇家に差し出さなければならなくなったのだ。

そこで革新派の大物からエヴィウス男爵家の名前が挙げられたのだ。我々は一派の中では立場は弱く断れない。同じく差し出されてくる帝国派の同僚を出し抜き、第一皇子の心を射止めるという役目を背負わされて…。

だが、それらの目論見が実現するのは難しい。


あの方のお姿は職務についてから一度も見ていないから。

皇帝は上手く隠しているが、あの方は素行が悪いし、真偽も定かではない噂も多く流れている。

何より、アバニは多くの者達の期待とは異なり、身が入っていなかった。

当主から職務をオファーされた時だって二つ返事だった。

最後のルシアの姿が頭から離れない。

しかし、久しぶりに心が動く出来事が起きた。

あの日、ルシアを共有した友達が変死したという話が飛び込んできたのだ。


最初はリアット。そして、ユリウスも急な病で亡くなったと彼の親族から手紙が届いた。


なぜだか、絶叫して亡くなったと…。他の者達もそうだ。


最後に残されたのは俺だ。震えた。同僚のベスティが不審な様子で俺を見ているのには気づいたが、それどころでない。だが、奴はそんな俺を面白がるように娼館に連れていく。

そこにいたのはルシアとよく似た女だ。さらに胸がざわついた。その場にいる気にはなれない。

早く帰りたい。用意された馬車に飛び乗ったが、それこそが悪夢の始まりだった。

ルシアは姉が好きだと語っていた。姉思いのルシアがさらに愛おしかった。


社交界にほとんど顔を出さない変わり者の令嬢。何度か目にしたシェリエル嬢はルシアのような華はなかった。しかし、似ている部分もあった。その声だ。だから、目の前に現れた女がルシアの姉だとすぐに思い至ったのだ。まるで復讐でもしに来たように俺を蔑む瞳が頭の中にこべりつく。

その心を見透かされたくなかった。だが、なぜか彼女を前にすると口が勝手に動いたのだ。

あの日の出来事が音となって外に出て行く。しかし、たった一つを知られるわけにはいかない。


あの事だけは…。


それすらも口に出そうになった時、胸がひどく熱を帯び、痛みだした。

逃げ出すように走る馬車から転げ落ちた。その痛みよりも遥かに体は熱く、苦しい。

気付けば、泥の海の中へと体が沈んでいた。その体に異凶の怪物たちが這っているのに気づき、悲鳴と恐怖に包まれる。友たちも同じ物を見て、死に絶えたのだろう。


俺が今見ている光景を…。


自分の罪を突き付けられていた。


「やめて!お願い!」


ルシアの叫び声、懇願する声が頭の中で再生されている。

俺は襲い掛かりたかったわけじゃない。だが、確かに興奮していた。


自分ではない別の男の行為で恐怖に慄く彼女の表情、涙、恐怖に…。


今までに感じた事のない喜びを感じたのだ。ルシアに初めて出会った時の感動を上回るような心の躍動を…。しかし、それが恥ずべきなのも分かっている。

それをルシアの姉だけには知られたくなかった。


ルシアの面影のある彼女にだけは…。


俺は地獄に落ちるのだろう。あの聖装飾物は確かに願いを叶えた。


すべての運を搾り取って…。


悍ましい自分の本性を最後の瞬間に認めるはめになるなんて…。


ルシアに出会う前の俺は知る由もなかった。

我々の前に現れたあの男が何者だったのか?

それだけが少しばかり気になったが、命を終える俺にはどうでもいいことだ。

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