ローズは長年皇都を縄張り、男達を手玉に取りながら生きてきた。
時に話術で…またある時は自身の体で…。
そうやってひっそりと暮らしてきた。
それ以外の道はローズは知らない。
いえ、かつては知っていたと思う。
ただ忘れてしまっただけだ。
父は貴族だったと記憶している。だが、母はただのメイドで自分は私生児。
母は男ではなく女でよかったと漏らしていた。
息子だったなら、おそらく父の正妻に殺されていたかもしれないからとつぶやいていた。
それも40を過ぎた今となっては本当に母が言った言葉だったのか怪しくなっている。
だが、確かに少なからず教養は身に着けてもらったのは事実だ。後ろ指を指す使用人もいたけれど、貴族にはよくある事だとほとんどの者は冷めた態度でいたから。だから、そこまで不自由はしなかったし、いずれはどこかの家に嫁ぐのだろうと安易に考えていた。父の死後、お家騒動が起こって、ほとんどの一族は死に絶え、そのどさくさで母も逝ってしまった。15歳だったローズは一人残された。
その頃にはなぜだか、父の実家の財産はどこかへ消え、没落貴族の仲間入りを果たしていた。
そんな中で、優しく声をかけてくれたのは”おじ”だと名乗る男。若かったその男にすがった。
それが地獄に足を突っ込む事になるなんて思いもしないで…。
「ローズ。お前が生きていくためにはその身を売らなければならない」
その男はそう言った。もはや、貴族ではなく、なんの力もない女はそれしかないと…。
「はい」
当時のローズにはそう答えるしかなかった。
今思えば、他の道もあったのかもしれない。
こんなはずではなかったと…。
けれど、そんな考えがよぎる頃にはすでに夜の女に染まっていた。
サーディスと名乗った男が本当に血がつながった”おじ”なのかは疑念があった。いや、そう思う頃には些細な事でしかなくなった。奴は他からも若い少女や男、中には妙齢の者達をどこからか連れてきた。
サーディスは口がうまかった。
きっと、ローズにしたように言葉巧みにこの薄汚い場所に連れこんだのだろう。
何より皆、事情を抱えていた。深くは詮索しない。だからなのか、仲間意識はいつの時代も強かった。
しかし、そのほとんどは大体、10年ほどの周期で入れ替わった。多くが死んだり、客に殺されたり、逃げたり、様々だった。要は危険と隣合わせで、サーディスは自身の奴隷ともういうべきローズたちを守る気はさらさらない男だった。
けれど、それでもお金はよこせと言う。稼ぎの半分は持っていく。
それが普通だと思っていたし、歳を取り始めたローズは自身が用済みになるのも時間の問題だと覚悟していた。しかし、その前にサーディスという男の方が消えた。
変わりに仕切ると言ったのはなんと、自分達と同じ場所に立っていた青年だった。
いや、ローズが初めて出会った時が青年だっただけで、今はそれなりの歳だ。だが、ローズよりはるかに年齢が下であろうカミウという美しい容姿の男は少年と呼んでもおかしくなかった。
彼の客は女性や男性。年齢も様々であったが、儚い影を帯びていた。だから、この場所では耐えられないとローズは思っていた。すぐにつぶされてしまうとも予感させた。
だが、その考えは間違っていた。
「今日から、俺が仕切る」
「サーディスはどうしたんだ?」
サーディスの側近だった男が意を唱えると、カミウは色を宿さない目で一瞥したのちに奴を切り捨てた。血に汚れたカミウは笑っていた。
サーディスもゲス野郎だったが、彼はもっと厄介だと直感する。
なぜ、今まで気づかなかったのかと思った。
サーディスはどこへ消えたのか?
そう、頭をよぎるが、ローズが新しい頭にそれを聞く勇気はない。
だから、今まで通り、過ごす。
ただ、カミウが仕切るようになって、よくなった事はある。
客層が変わった事だ。
カミウはどこで見つけたのか不明だが、皇都の中心から少し離れた屋敷に娼館を設けた。
表向きには社交場という扱いのそこには上流階級の人間達が集まってきた。金のある連中だ。
それまで危険と隣り合わせの夜の町に立ち小銭を稼いできた者達にとっては夢のような場所だった。
ローズですら、少しは人として扱ってもらえるかもしれないと期待する。
だが、それは間違いだった。
カウミが男を切り捨てた時に直感した恐ろしさが全身を包む。
彼はサーディス以上にかつては同胞だった者達へ、当たり散らし、金を要求した。
それが出来ない者達は無残に殺していった。
女や男達の悲鳴が洋館に響き渡ったが、誰も逃げ出せない。
たとえ、街に降りたところでなぜだかカミウの手の者が追いかけてくるからだ。
彼は一体、何者なのか?
見当もつかない。
最初はローズと何も変わらない青年だったのにいつの間に力をつけたのか?
彼の上客に金持ちでもいたのか?
何もかも解せない。
さらに、彼に変わってから、人が頻繁に入れ替わっているのもおかしい。
以前は10年だったのに今では半年に見たたない人間達も多い。
カウミの仕業なのか?
得体の知れない恐怖がよぎる。
しかし、ローズは安全だった。
カウミの部屋に呼ばれるのは若い子達がほとんどだからだ。
それでも、心配だった。長い間、この業界にいるせいなのか…ここにやってくる子達に母性のようなものを感じていた。
子どもどころか誰かを愛する心すら忘れたというのに…。
おかしなものだ。
故に罪悪感がわく。カウミに問いただす事も出来ず、のうのうと生きているこの身に…。
歳を取り、客をとれなくなった者も多い。だが、ローズはなぜだか運がよかった。
自分の半分の年齢も満たない男が客としてついているからだ。
「ローズ。今日も慰めてよ」
「いいわよ」
その男は熟女好きだった。いや、母親を求めているだけ…。
まだ昼間だというのに、その男はお盛んだった。
若いから仕方がないのだろう。
とにかく、その男は皇宮勤めのようで、他の客よりもお金を沢山置いていく男だった。
だから、今日も彼の相手をして、一夜を過ごす。
カウミが何をしているかなど問いたださずに…。
支配人室から出てくるカミウの耳に赤く光るピアスが異様に明るくて気味が悪いと思った。
それ以外はいつもと同じだ。そのはずだったのだが…。