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第28話 噂話

「リナさんね…。センスの良い方だったわ」

「ですが、やはり、お足が出過ぎかと…」


苦笑いを浮かべているのはトーマス。


彼は初老に足を突っ込んでる年齢だろうし、新しい物への抵抗感があるのかもね。

いや、これは年齢差別になる?

どちらにしても仕方ない事ね。

意見は人それぞれあるのだから。


「そう言わないで。私の感性だとおしゃれだって告げているの。何より動きやすいんだもの。すごく心惹かれるわ」


その場でくるくる回るとひざ丈にかかるスカート部分がヒラヒラとはためいた。


うん。やっぱり、とてもいいわ。


「それにロリッシュ・ノーエルはもしかしたら大化けするかもしれない」

「はい?」

「いいのよ。気にしないで…」


彼女の運器は空に近かった。いや、それは少し違う気も…。

なんとなく、運釜に靄がかかっていたような…。

どう表現していいか分からない。とにかく、素敵な服のお礼に運砂を増やしてあげたのだ。

チャンスを掴めるかは彼女次第だけれど、あれだけの才能があるなら切り開けるはず。


問題は私の方だわ。他者の運の操作はなんとなく、理解できたけれど、自分の事に対する力はどう発動しているのかイマイチ分からない。皆、等しく、頭の上にある運釜だが、この身にはそれがないのだ。自分には見えないだけなのか、それとも本当に持っていないのか?

分からない事だらけだ。

それでも、聖騎士達を葬れたし、私の望む通りになった事例は沢山ある。

だから、アバロニアにだって、きっとたどり着けるはずよね。


「ねえ、トーマス」

「なんでしょう?シア様…」

「第一皇子について知っている事はあるかしら?」

「第一皇子様ですか?さて、私のような者とは縁のない方ですし…」


人に聞いておいて、どうかと思うけれど、私も建国祭で見かけのが最初で最後。

あの方についてはほとんど何も知らない。


「そうよね。ごめんなさい。変な事を聞いて…」

「いえ、でもそうですね。皇子様のお話はお聞きしませんが、側近たちについての噂なら、流れていますよ。まあ、皇族批判を行うためのデマだとは思いますが…」

「噂?」

「街の娼婦たちに手荒な真似をして、怪我をさせたり、死なせたりしていると…」

「中々、ヘビーな噂ね」

「大体の人間は戯言だと切って捨ててますが、女性達が消えているのも事実なのですよ」

「まあ、無視できない言葉ね。騎馬隊は何をしているの?治安維持は彼らの仕事でしょう?」

「娼婦だと高をくくって、何もしないのです」

「ひどい。あんまりだわ」

「そのように憤慨される高貴な方も珍しい」

「私を高貴なんて言ってくれるの?」

「もちろんでございます。貴女様はどのシエリーよりも上品なふるまいが滲み出ております」


本当はシエリーじゃないのよ。

やっぱり罪悪感で胸がチクチクするわ。


でも、良い情報を聞けた。もしかしたら、これも能力によるものかもしれない。

私の元には高確率で必要な事柄が集まってきている気がする。


別に第一皇子に近づく必要はないのだ。

皇子の側近が頻繁に街に降りてきているなら、そこからアバロニアに接触できる可能性は高い。



何より驚いたのはトーマスは思っていた以上に情報通である事。


「じゃあ、この辺りを仕切っている方を知っている?女性達…。男性でもいいけれど、その身を使って稼いでいる人達を束ねている者を…」

「知っていますが、かなり恐ろしい男ですよ。それこそ、マードリックなど小物に感じるほど…」

「いいから。教えて」

「サーディスという男です。この辺りを縄張りにしている」

「サーディスね」

「ですが…」

「なんだか、歯切れが悪いわね」

「その…最近、世代交代したという話も…」

「あら、そうなの?」

「正確な情報かは分かりかねますが…」

「というより、トーマス。貴方、いくら何でも情報通すぎない?」

「私は客ではありませんよ!」

「そんな事、聞いてないわ。それに、別に独身でお相手もいないのなら構わないんじゃない?」

「だから、違いますって…。そもそも、そんなお金もありませんし…」


トーマスの顔が真っ赤になっていく。


「もう、冗談よ。本気にしないで…」

「あまり、笑えません」

「ごめんなさい。ちょっと、調子に乗りすぎたわ」


でも、トーマスの反応は面白い。

あら、やだ。私、意外とサディスティックなのかしら。

今後は気をつけなきゃね。


「じゃあ、そのサーディスの居場所は知っているの?代替わりしたというなら新しい顔役でもいいわ」

「有名ですから…。まさか、会いに行く気では?」


有名?

やっぱり、トーマス。お客なんじゃ…。

でも、こういう事って異性に軽々しく話したがらないのかもね。

特に一応、主の私には…。

これ以上、話しを膨らませても可哀そうだわ。


「ええ、会いに行くわ」

「そんな…。何をされるか分かりません。そもそも、何のためにです?」

「欲しい情報があるから」

「だからって、自ら出向かれる必要はないかと…。命じてくれるなら私が聞いてまいります」

「自分で行きたいのよ。それに大丈夫。これでも地獄は見たの。今更だわ」

「はい?」


驚きの顔をするトーマスにしまったと思った。

深く突っ込まれると厄介ね。


「ああ、気にしなくていいわ。個人的な事だから」


笑って、ごまかせば彼はそれ以上聞いてはこない。

よくできた執事ね。


そうよ。今の私に怖いものなんて何もない。

一度死んだ身なんだから、多少の恐怖ぐらい、いくらでも受けて立ってやる。

それによく使いこなしているとは言えないけれど、運を味方にする力を得ている。

もしもの時はそれを使えばいい。


「ゴホゴホッ!」

「シア様!」


トーマスが血相を変えて、背中をさすってくれる。


「調子が悪いのであれば…」

「平気よ。息が変な所に入っただけだから」


ここ数日、何だか調子が悪いわ。

でも、気のせいかもしれない。

環境も変わったし、ストレスがかかっているのかも?

どっちにしてもいいわ。

そのうち、治るでしょう。


この時のシアは自身の身に起きている違和感を軽く考えていた。

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