「リナさんね…。センスの良い方だったわ」
「ですが、やはり、お足が出過ぎかと…」
苦笑いを浮かべているのはトーマス。
彼は初老に足を突っ込んでる年齢だろうし、新しい物への抵抗感があるのかもね。
いや、これは年齢差別になる?
どちらにしても仕方ない事ね。
意見は人それぞれあるのだから。
「そう言わないで。私の感性だとおしゃれだって告げているの。何より動きやすいんだもの。すごく心惹かれるわ」
その場でくるくる回るとひざ丈にかかるスカート部分がヒラヒラとはためいた。
うん。やっぱり、とてもいいわ。
「それにロリッシュ・ノーエルはもしかしたら大化けするかもしれない」
「はい?」
「いいのよ。気にしないで…」
彼女の運器は空に近かった。いや、それは少し違う気も…。
なんとなく、運釜に靄がかかっていたような…。
どう表現していいか分からない。とにかく、素敵な服のお礼に運砂を増やしてあげたのだ。
チャンスを掴めるかは彼女次第だけれど、あれだけの才能があるなら切り開けるはず。
問題は私の方だわ。他者の運の操作はなんとなく、理解できたけれど、自分の事に対する力はどう発動しているのかイマイチ分からない。皆、等しく、頭の上にある運釜だが、この身にはそれがないのだ。自分には見えないだけなのか、それとも本当に持っていないのか?
分からない事だらけだ。
それでも、聖騎士達を葬れたし、私の望む通りになった事例は沢山ある。
だから、アバロニアにだって、きっとたどり着けるはずよね。
「ねえ、トーマス」
「なんでしょう?シア様…」
「第一皇子について知っている事はあるかしら?」
「第一皇子様ですか?さて、私のような者とは縁のない方ですし…」
人に聞いておいて、どうかと思うけれど、私も建国祭で見かけのが最初で最後。
あの方についてはほとんど何も知らない。
「そうよね。ごめんなさい。変な事を聞いて…」
「いえ、でもそうですね。皇子様のお話はお聞きしませんが、側近たちについての噂なら、流れていますよ。まあ、皇族批判を行うためのデマだとは思いますが…」
「噂?」
「街の娼婦たちに手荒な真似をして、怪我をさせたり、死なせたりしていると…」
「中々、ヘビーな噂ね」
「大体の人間は戯言だと切って捨ててますが、女性達が消えているのも事実なのですよ」
「まあ、無視できない言葉ね。騎馬隊は何をしているの?治安維持は彼らの仕事でしょう?」
「娼婦だと高をくくって、何もしないのです」
「ひどい。あんまりだわ」
「そのように憤慨される高貴な方も珍しい」
「私を高貴なんて言ってくれるの?」
「もちろんでございます。貴女様はどのシエリーよりも上品なふるまいが滲み出ております」
本当はシエリーじゃないのよ。
やっぱり罪悪感で胸がチクチクするわ。
でも、良い情報を聞けた。もしかしたら、これも能力によるものかもしれない。
私の元には高確率で必要な事柄が集まってきている気がする。
別に第一皇子に近づく必要はないのだ。
皇子の側近が頻繁に街に降りてきているなら、そこからアバロニアに接触できる可能性は高い。
何より驚いたのはトーマスは思っていた以上に情報通である事。
「じゃあ、この辺りを仕切っている方を知っている?女性達…。男性でもいいけれど、その身を使って稼いでいる人達を束ねている者を…」
「知っていますが、かなり恐ろしい男ですよ。それこそ、マードリックなど小物に感じるほど…」
「いいから。教えて」
「サーディスという男です。この辺りを縄張りにしている」
「サーディスね」
「ですが…」
「なんだか、歯切れが悪いわね」
「その…最近、世代交代したという話も…」
「あら、そうなの?」
「正確な情報かは分かりかねますが…」
「というより、トーマス。貴方、いくら何でも情報通すぎない?」
「私は客ではありませんよ!」
「そんな事、聞いてないわ。それに、別に独身でお相手もいないのなら構わないんじゃない?」
「だから、違いますって…。そもそも、そんなお金もありませんし…」
トーマスの顔が真っ赤になっていく。
「もう、冗談よ。本気にしないで…」
「あまり、笑えません」
「ごめんなさい。ちょっと、調子に乗りすぎたわ」
でも、トーマスの反応は面白い。
あら、やだ。私、意外とサディスティックなのかしら。
今後は気をつけなきゃね。
「じゃあ、そのサーディスの居場所は知っているの?代替わりしたというなら新しい顔役でもいいわ」
「有名ですから…。まさか、会いに行く気では?」
有名?
やっぱり、トーマス。お客なんじゃ…。
でも、こういう事って異性に軽々しく話したがらないのかもね。
特に一応、主の私には…。
これ以上、話しを膨らませても可哀そうだわ。
「ええ、会いに行くわ」
「そんな…。何をされるか分かりません。そもそも、何のためにです?」
「欲しい情報があるから」
「だからって、自ら出向かれる必要はないかと…。命じてくれるなら私が聞いてまいります」
「自分で行きたいのよ。それに大丈夫。これでも地獄は見たの。今更だわ」
「はい?」
驚きの顔をするトーマスにしまったと思った。
深く突っ込まれると厄介ね。
「ああ、気にしなくていいわ。個人的な事だから」
笑って、ごまかせば彼はそれ以上聞いてはこない。
よくできた執事ね。
そうよ。今の私に怖いものなんて何もない。
一度死んだ身なんだから、多少の恐怖ぐらい、いくらでも受けて立ってやる。
それによく使いこなしているとは言えないけれど、運を味方にする力を得ている。
もしもの時はそれを使えばいい。
「ゴホゴホッ!」
「シア様!」
トーマスが血相を変えて、背中をさすってくれる。
「調子が悪いのであれば…」
「平気よ。息が変な所に入っただけだから」
ここ数日、何だか調子が悪いわ。
でも、気のせいかもしれない。
環境も変わったし、ストレスがかかっているのかも?
どっちにしてもいいわ。
そのうち、治るでしょう。
この時のシアは自身の身に起きている違和感を軽く考えていた。