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第26話 シエリーの地位

カトリシア様の一族の繁栄を象徴するホテルの名残を残す部屋での一夜は久しぶりによく眠れた。


やるべきことは沢山あるというのに不思議なものだわ。

さて、第一皇子の執務官となっているアバロニアにどう接触するべきかしら?

さすがに王宮に訪ねて行っても門前払いを喰らうのが関の山。

昨夜、運を操る力を使ってみたけれど、何も起こっていない。

まだこの能力をきちんと使いこなせていないのかもしれない。

そもそも、得体がしれないのも事実だし…。


「シア様」


トーマスの声で我に返った。


「どうぞ。アダムはどうです?」

「精力的に動いています」

「そう…」


抑えつけていたものから解放されて、鳥が飛び立ったような感覚を味わっているのかもね。


「ところで、シア様」

「何?」

「お召し物はどちらに?そのお姿ではさすがに…」


視線を逸らすトーマスに自分の身なりを思い出す。

そうだった。ずっと、ボロボロの服で出歩いていたわね。


「私、持ち合わせがないのよ」


身なりで人を決める事の多い貴族達。

アバロニアだってその一人の可能性は高い。

この服では会うのも難しい。


「この際、服を新調しよかと思うの」

「それはよろしいかと…。目ぼしいブティックに手紙を送りましょう」

「ありがとう」


それに眠れたとはいえ、何だか気だるい。

疲れが出ているのかもしれない。


「どうされました?シア様?」

「まだもう少し寝ていたいわ」

「お疲れなのでしょう。手紙の件はお任せください」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」


再び、シアの体は柔らかいベッドの中へと沈んでいく。





「どうしてよ!どうしてお姉さまはこちら側にいないの!」


微睡みの中で懐かしい声が聞こえる。

けれど、それは責め立てるものばかり…。


「私は汚されたのに…。ルシアもそうよ。旦那様の首だって落とされたというのに…」


今度はお母様の叫び声が響き渡る。


「ラルフだって心に傷を負った」


お父様の鋭い視線が突き刺さる。


「シェリエル!なぜ、お前だけが無事なのだ!」


違うのよ。私は…。

反論したかった。けれど、何を言い返すの?

確かに私は無事だ。こうして、皇都にいる。

火に焼かれるでもなく、魂を穢されるような目にも合っていない。

だから、何を弁明するというのだろう?

そうよ。私は責められて当然だわ。


ああ…。

ごめんなさい。

生きていてごめんなさい。


叫びたかった。けれど、それすらできない。

家族たちに何を差し出せるのか分からない。

それでも、ルシアを貶めた者達には報いは受けさせるから…。

それで許してとは言わない。

お母様を…お父様達の命を奪った聖騎士どもに制裁を加えた時点でこの身は地獄に落ちているのだから。

天に召されているであろう家族たちにはもう会えないのだ。

それでもかまわない。復讐をするのは私の身勝手な考えに過ぎないから。


もう、家族たちの罵声は聞こえなかった。

いえ、何かを訴えているけれど、この耳には入らない。

視界が浮き上がるのを感じる。

意識が現実に戻されると昼過ぎだった。

それでも、体は相変わらずだるい。

けれど、いつまでも寝ているわけにもいかない。

静かに廊下に出ると眉をひそめたトーマスと鉢合わせした。


「どうしたの?」


そう聞けば…。


「名だたるブティックに手紙を届けたのですが、門前払いを喰らってしまいました。なんと傲慢で恥知らずな連中でしょう。シエリーが繁栄していた頃はこぞってやってきたというのに…」


確かにトーマスの手に握られた封筒の宛先はシアですら知っている有名どころばかり…。


「別に老舗のドレスでなくてもいいのだけれど…」

「何をおっしゃいます。我が館の主たるシア様が着られる物ですよ」


館の主になる気はサラサラないし…。

そもそも、受け継ぐのはアダムでしょうに…。

と言い返しても堂々巡りが続きそうだ。


「私が自ら訪ねても…ってそっちの方が追い返されそうよね。この身なりじゃあ…」


歴史が長いブティックほど迎える客も選ぶ。

そのほとんどは名だたる貴族や豪商などが名前を連ねるし、自らブティックに顔を出すのも少ない。


一昔前なら交流の場として裕福な女性達の憩いの場として重宝されていた時期もあるけれど…。


とあるブティックで起きた盗難事件を発端に多くの女性達の足が遠のいてしまった。

だから、金に余裕のある者は今ではもっぱら屋敷などにデザイナーやバイヤーを呼ぶのが主流だ。

もちろん、庶民的なお店はいつも客でにぎわっている。


私は別にそちらでも構わないんだけどね。

あれ、そう言えば、トーマスの手紙の中にあのブティックがない。

皇都に来たばかりの時に見かけたあのブティック。

並んでいるデザインからして、かなり斬新だった。立ち上げたばかりの可能性は高い。


「トーマス」

「なんでしょう?」

「もう一つ、手紙を送ってちょうだい」

「どちらにでしょう?」


確か名前は…。


「ロリッシュ・ノーエルだったかしら?」

「聞いた事はありませんが…」

「私も最近知ったばかりなのよね」

「そのような無名のブティックで大丈夫なのですか?」

「老舗が人を選んでいるなら、私たちも自分で着る服は選べばいいのよ」

「なるほど…」

「それにね。ロリッシュ・ノーエルの服を見た時、何かを感じたの。これこそ、新時代に生きる女性が着るべき服だってね」

「シア様がそうおっしゃるなら」


まあ、心惹かれたのは事実だけれど、新興系のブティックなら人を選んでいる暇はないはず。

影響力のある女性達のほとんどは名だたるブティックにとられているしね。

もしかしたら、訪ねてくれるかもしれない。

確かに、身なりを整えるのは重要だけれど、せっかく着るなら自分が好きな物がいいもの。

願い通りに、誘いに乗ってくれるといいのだけれど…。


一体、どんな人物が来るのかワクワクしていた。

まるでこちらが目踏みするような感覚。

復讐だけが生きがいの女だというのに、バカな事よね。


以前は、着飾ったりすることに興味はなかったのに…。

でも、いくら何でもこの身なりでは舐められるとも分かっている。

ルシアが亡くなった建国祭でのように道化を演じているばかりではいられない。

しかし、だからと言って、他の令嬢達と同じ事をしていても道は開けない。

そんな気がしていた。


ロリッシュ・ノーエル…。

私に運を運んできてくれるといいのだけれど…。

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