熱狂するスカイドレイルの会場内の歓声を耳にかすめながら、その場を後にした。
ミカには悪いけれど、立ち止まるわけにはいかない。
何より彼を見ているとラルフを思い出してしまう。
胸が締め付けられそうで苦しい。
だから、これ以上関わりたくない。
私は復讐者でしかないのだから。
早く皇都へ向かわなきゃ。
すべてはアバロニアに会うため。
それが最重要事項よ。
ここからなら、汽車に乗った方が早いわね。
汽車の発着場へと足を進める。
心持ち、歩くのが早くなっていく。
見えてきた汽車駅の外観はとても立派で時刻を知らせる時計が目に入った。
この街の駅はとても発展してるのね。
当然か。
様々な地方を繋ぐ中継地だものね。
各方面へと向かう路線がいりくんでいた。
どんどん、近代化していくわ。
この国は…。
「おい!ここは泥棒が来る場所ではないぞ」
声をかけてきたのは駅員だろう。
確かにみすぼらしい恰好のままではある。
こんな事なら、服を調達してから来るべきだったわね。
でもだからって何?
人の話もろくに聞かずに蔑むなんて…。
「まあ、こちらの駅では人を見た目で判断なさるのですか?私はちゃんとチケットを持っていますわよ」
「それこそ、誰かから盗んだという証拠じゃないか!」
このままでは時間がたって仕方がない。目の前の駅員には同情するけれど、邪魔されたのは事実だものね。目線を駅員の運釜へと移し、その運を減らした。
すると、どこからか駅員を怒鳴りつける男人の声が響く。
おそらく、彼の上司だろう。
何をしたのか知らないけれど、この隙にその場を後にする。
駅員は気づいていない。
少し笑みがこぼれた。
人を見下すからよ。
「面白いお嬢さんね」
少しの微笑みと笑い声の主は椅子に座る老婦人だった。
とても上品な佇まいで惹きつけられる。
「すみません。ご迷惑でしたか?」
「とんでもない。いい物を見させてもらったわ。確かに見た目で判断するのは頂けないわ。それに貴女の振る舞いはとても洗練されている。どこかのご令嬢かしら?」
「いえ…私は…」
なんと答えていいのか分からなかった。
「いいのよ。誰にだって過去はあるもの。この私にもね」
とても茶目っ気のある人だと思った。
「お名前を教えてくださるかしら?これも何かの縁ですし…」
「申し訳ありません。それも言えません」
「そう…。思っている以上に事情を抱えているようね。なら、私の名前いる?」
「えっ!」
「私はカトリシア・シエリー。こう見えて、結構裕福だったのよ。昔の話だけれどね」
「シエリー様」
「やめて。貴族なわけではないんだもの。ただ、私の祖父がやり手でホテルをいくつか経営していただけの成り上がりもの」
「そのようにご自身の人生を語らなくたってよろしいのでは?」
「お優しいのね。でも、聞いてちょうだい。私は皇都にその名を轟かせていたキュアノルホテルが特に好きだったの。あそこは私の遊び場で青春を味わった。でも、それも記憶の中にしか存在しない。手放して随分経っているし、どうなっている事やら…あら、ごめんなさい。話がそれてしまったわ」
キュアノルホテル?
その名前は聞き覚えがある。
50年ほど前までは帝国内でも随一のサービスと接客で誰もが一度は泊まりたいと言われていた老舗ホテル。
確かそのオーナーはホテル王と呼ばれた男。
待って。確か彼はなんとかシエリーだったはず。
じゃあ、目の前の老婦人もその一族って事!
そんな大物とこんな所で出くわすなんてどんなめぐり合わせよ。
驚いてしまい、口が思うように動かない。
「いえ…。でもそれで貴女様の名前を頂くというのはどういう?」
「シエリーの名をあげるわ」
「シエリーですか?」
「ええ。昔の話と言えど、シエリーの名はそれなりに使えるのよ。貴女のやり遂げたい事にも生かせるんじゃないかしら?」
「何のことでしょう?」
「年月だけは過ごしてきましたからね。これでも人を見る目はあるのよ」
この老婦人はどこまで気づいているのだろう。
これは何かの罠?
それとも本当にただの親切な方?
カトリシア様は次の言葉を待たずに鞄を開け、書類一式を取り出す。
「これらは私が持っているシエリー家の財産目録と譲渡書類よ。と言ってもほとんど何もないけれどね。一番重要なのはシエリー家の証であるベゴニアの家紋が掘られた指輪と私の親戚であるという証明に一筆書いてあげる」
「なぜ、そこまでしてくださるんです?駅で会っただけの私に…」
「死んだ娘によく似ているからかしら?」
「えっ!あの子も生きていれば、あなたぐらいの娘がいてもおかしくはなかった」
「遠く異国の地に旅立つこの身に貴女と出会えたのは何かの縁でしょう」
「この国を離れるのですか?なぜ?」
「冒険がしたいから?」
微笑む老婦人はまるで少女のように微笑んだ。
「この歳でと思っているでしょう?でも何歳になってもやりたい事はやって言いと思うのよ。誰に指をさされようともね」
なんて清々しくて、エネルギッシュな人なんだろう。
歳をとるならこんな風になりたいと思うような雰囲気を持つ人だわ。
この方との出会いも…もしかしら運による力なのかもしれない。
「で、貴女の名前は?」
シェリエル…いえ、違う。
『お姉さま』
亡き妹の声が聞こえた。
ルシア…。
「私はシアです」
「そう。じゃあ、今日から貴女はシア・シエリーよ」
「はい。よろしくお願いいたします」
「まあ、会うのは最後になるのが心苦しいけれど願いが叶うといいわね」
「ありがとうございます」
少ない荷物を持って、カトリシア様は背を向け、去っていった。
希望を背に乗せて…。
さて、私も急ごう。
「お前、やっと見つけたぞ」
また、この駅員!
折角負けたと思ったのに…。
「さあ…出ろ!」
腕を引っ張られそうになるが、隙をついてひっぱたく。
「失礼ね。私はシエリー家の人間よ!」
「バカ言え!お前みたいなのがシエリー家なわけが…」
大声で叫ぶと、先ほど駅員を叱っていた上司と思われる男性がすっ飛んできた。
「申し訳ありません。シエリー家の方とは知らず…。先々代のシエリー家の方はこの街に駅を建ててくださった大恩人。その一族の方とお会いできるなど…」
カトリシア様がおっしゃったとおりシエリー家の力って結構あるのね。
というより、今の貴族よりも効力あるんじゃ…。
もしかして、その存在を知らなかった私が無知だったりするの?
「そんなわけありませんよ。こんなみすぼらしい女が…」
だが、この駅員は本当に失礼だわ!
「ひどいですわ。実は強盗にあってしまって、死に物狂いで駅にたどり着いたと言うのに…。そんな仕打ち」
涙でも見せれば、「女性に対してなんて口の聞きよう」「ヒドイわね」
などの声が集まったギャラリーから漏れてくる。
「申し訳ありません。この男は今すぐにでもクビに…」
いやいや、そんな事されたら、逆恨みされるじゃない。
「やめてください。きっと彼も疲れていたのでしょう。大目に見てあげてください。今後から気を付けてくださればいいのですから」
天使の微笑みを意識して口角をあげれば、駅員の頬はほんのりと赤くなる。
ちょろい…!
「では、私は失礼します。皇都行が出てしまいますから」
「お荷物はお持ちします」
最初からそうしてくれれば、良いのにね。
駅員は先ほどの態度とは真逆で丁寧に接してくれるのであった。