ミカが言っていたスカイドレイルの大会が行われる街はマーシャン子爵家の領地から日帰りで行ける距離にある。小規模な露店や商業施設が目立つが、海に面している事もあり、それなりに賑わっていた。
「はあ…やっと着いた」
いくら日帰りできるとはいえ、歩く距離としてはキツい。
歩きすぎて、足が痛いわ!
お腹もまた、鳴りそう。
やっぱり、ミカンだけじゃダメだったか。
そんな風に思っていると誰かが落とした数枚のコインが足元に転がってくる。
「これを使えってことかしら?」
やっぱり、私は運を操れるのかもしれない。
コインを拾い集め、そんな風に考えながら、近くの露店でホットドッグ一つとコーヒーを買い、歩きながら口に運ぶ。今まで生きてきた中で一番美味しいかもしれない。
ここ数日、同じ感想しか言ってない…。
思わず頬が緩んだ。
人の往来が活発な所に来れば、よく分かる。行きかう人々の頭上には運釜が浮いている。
だが、中身は皆、バラバラだ。
やっぱり、あれはその人が持っている運の量を表しているって解釈していいのよね?
目的の場所へと足を進める中、そんな風に考えていた。
そうしているうち、シートを広げ、骨董品を売っている者を見つけた。
大体、こういうところに出ている品物はガラクタがほとんどであるが、なぜだか、その中の一つにくぎ付けになる。バラの花が象られた髪飾り。一見すると安物のようだが、青い靄がかかっているように見える。そう…。ちょうど、幸運の運釜に注がれている砂と同じ色だ。
これはもしかして、持ち主に幸運をもたらすとされる聖装飾物の類とか?
そんな感想が自然と出てくる事を数日前の自分に見せてやりたい。
「お嬢さん。お目が高い。今ならお安くしますよ」
値段表には500ピプルと書かれている。
ワンコイン分だ。
だが、手元には200ピドルしか残されていない。
「500?100ピドルなら買ってもいいわ」
「おっと…それは困ったな」
店主は眉をひそめている。
「見れば、閑古鳥が鳴いているようだし、私が買えば、サクラになるんじゃないかしら?」
「あんた、綺麗な顔して肝が据わってるな。わかった。100ピドルだ」
「ありがとう」
こうして手に入れた髪飾りだけれど、何も特別な感じはしないわ。
やっぱり、ただの髪飾りなのかも?
そんな風に考えながら歩いているとスカイドレイルの絶対的スターとされているパフォーマーの垂れ幕がかかっていた。
スカイドレイルの会場ね。
迷わずに来れてよかったわ。
予選はすでに始まり、決勝戦を迎えているようね。
早くしなければ、ここに来た意味がなくなってしまう。
とはいえ、会場内に入るチケットはないのよね。
でも演技そのものを見に来たわけではない。
パフォーマンスを見られる場所は会場内だけとは限らないから。
私の目的地は…
会場の入り口を避けて、路地へと足を進める。
すると、複数の怒鳴り声が響いてきた。
「アンタ、生意気なのよ」
会場中に張り出されたポスターや垂れ幕に映っているスターの女性が物凄い形相で立っていた。
可憐さを売りにしていた女性だと思っていたんだけど…。
違った?
「この私を差し置いて、一位だなんて許せない!決勝に出られないようにしてやるわ」
脅されているのはミカだった。
女性は付き添っていた人相の悪い男達に命令して、ミカを壁に強く押しつける。
ライバルを蹴落とすにしては乱暴すぎる。
何よりスカイドレイルはフェアプレイを重視しているはずでしょ。
しかも、痛めつけられているのは顔見知り!
男達とスターの女性の運釜を少し操作して、運を減らしてみた。
すると、彼らの頭上に水の塊が降ってくる。
「あら、失礼しました」
謝ったのは隣のマンションの女性。
どうやら、ベランダに飾られた花瓶に花をあげていた所、手が滑ったらしい。
スターの女性は悔しそうだが、微笑んだ。
「構いません」
可憐な外ずらを崩すわけにはいかないものね。
まさか、ライバルを脅していた場面だと知られたら彼女のスターとしてのイメージに傷がついてしまう。下手をしたら、パフォーマーとしても終わりを迎える。
それが分かっているからなのか、彼女達はミカを置いて、その場を後にした。
「大丈夫?」
すぐさま、ミカの元へと駆け寄る。
「あれ、お姉さん。見に来てくれたんですか?」
「えっ…ええ。にしてもひどいわね」
ミカを立ち上がらせて、服をはたく。
「このぐらい、平気ですよ。絶対王者であるあの人から宣戦布告されたんです。むしろ燃えますよ」
自身を指さしながら笑うミカに頼もしさを感じる。
そして、応援したくもなった。
ミカの運釜は少ない。
操作しようとも思ったが、自分の力で勝ちたいと告げている瞳に手がとまった。
「じゃあ、これあげる」
ミカに先ほど買ったバラの髪飾りを差し出した。
「いいんですか?」
「幸運のお守りみたいなものよ。気に入らなければ捨ててかまわないわ」
「つけます。どうですか?」
サラリとする髪に付けられた髪飾りはミカによく似合っていた。
「すごく素敵!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、私行くわね」
「楽しんでいってくださいね」
手を振るミカに少しばかりの罪悪感が募る。
「そう言えば、お姉さん。名前は?」
「またね」
「もう、そうやって逃げるんだから。次あったら教えてくれるって言ったのに」
「ごめんね。じゃあ、次は必ず…」
ミカ…いえ、スカイドレイルのパフォーマーたちのほとんどは純粋に競技に向き合い精神を競い合っているのよね。
嫉妬と闘志を交えて…。
だけど、私がこれから行く場所はそんなスカイドレイルを金の天秤にかける戦場なのよ。
ミカというパフォーマーも商品として目踏みされる。
だから、純粋に会場で楽しむ観衆にはなれない自分にうしろめたさを感じるのであった。