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第16話 弟との離別と幸運

「よかった…」


リッチー伯爵家の屋敷のすぐそば…。

風に揺らめく林の中でうずくまった。


マーシャン子爵の屋敷よりもさらに大きく立派な装いの外観は伯爵の名にふさわしい威厳がある。

だが、それに似つかわしくないほど使用人の数は少ない。そう感じた。

そして、彼らの頭の上にもやはり宙に浮く運釜が見える。


ストレイト侯爵のご子息…小侯爵様が約束を守ってくださっているなら、ラルフがいるはず。


そう思った。そうして、振り返った先に見えたのは日当たりのよい部屋で眠るラルフ。

弟の頭上にもやはり、運釜が浮かんでいる。


運を司ると思われる砂の量が少ない!

ラルフの幸運力がないって事?

そりゃあ、そうよね。

あんな怖い目にあったんだもの。


そばに行って慰めてあげたい。


でも、それはダメよ。

両親をあんな目に合わせて、ラルフに恐怖を植え付けた連中にはそれ相応の罰は受けてもらった。

でも、まだ終わりではない。


ルシアの復讐が残っているんだもの。

マーシャン子爵家の屋敷が焼かれたのは事実だし、騒動は大きくなっている。

相手が誰であっても死んだ事にしていた方が動きやすいわ。


なにせ、妹を貶めた奴は皇宮の一室を使っていた。

それも本来、来賓者が踏み込まないエリア。

ならば、相当身分が高い者に決まっている。


そう思い、ラルフに別れを告げて、伯爵家を後にしようとした。

その時、おば様達の会話が聞こえ、足を止める。


「また、投資を?我が家の資金は底をついていると分かっているはずでしょう?」

「ああ、だからこれが起死回生の一手だったのだ。金が出るはず!もしくは水晶でも…」

「はあ…。何も出なかったのですね」


頭を抱えるおば様の切羽詰まった声が漏れてきた。


「すまない。伯爵家にお前の甥の面倒を見られる余裕はない」

「では、ラルフを道端に放置しろとおっしゃるのですか?」


おば夫婦の会話に身が引き裂かれそうになった。

このままではラルフは露頭に迷ってしまう。

おば様はラルフを気遣ってくれている。

託すなら彼女しかいないのに…。


そう思った瞬間、二人の頭上に浮かぶ運釜に光が射したような気がした。

両者とも空っぽに近い。聖騎士達を葬った時と同じ感覚がよぎる。


あれを操作すれば、状況を変えられるのでは?


自然とその意識は運釜へと向かう。

荒れ果てた手が指先が運釜を指し示し、運が増えるようにと願う。


そうすると、まるで何かが注がれるようにサラサラとした青い砂が運釜を満たすように増えていく。

その量は溢れて、外に漏れだすほど膨れ上がる。


不思議な感覚だわ。


その瞬間、執事と思われる男が飛び込んできて、鉱山からダイヤモンドが見つかったという知らせを伝えてきた。


「思った通りだわ」


自分は運を操る力を得たのだと確信した。あの運釜はその人が持つ運の度合いを表している。

幸運伝説には詳しくないけれど、命ある者は皆、運を司る運砂を持って生まれてくる。

その量は持ち主が歩む人生、経験、決断によって、変動するのだと…。


ずっと迷信だと思っていたのに…。

認めるしかないわね。

聖騎士達の時は運砂を減らしたから奴らを断罪できたのよ。

奴らが最も嫌がる方法で排除した。

今回はその逆ね。

おば様達の運はほぼ残されていなかった。

だから、困窮していたんだわ。

けれど、それはもう終わりよ。

彼らには幸運が舞い降りるのにふさわしい。

ラルフの保護者になってもらわなきゃならないんだもの。

この力があれば、妹が…ルシアが命を絶った原因も見つけられるわ。

きっと、思ったよりも早くに真相にたどり着ける。


おば様はラルフを可愛がっている。

表情をみているだけで分かる。

だから、任せてきっと大丈夫よね。

あの子には療養が必要なのよ。

安全な場所で暮らせる家が…。

立ち直る日が来るまで…。

いつか、マーシャン子爵家を継ぐ者。

ラルフ…。

弟に幸運を…。


力の限り、ラルフの運釜に運を込めた。

一生分にも上るほどの幸運を込められたはず…。

これであの子は運に恵まれる。

いい人生を送れるはずよ。

もう、会う事はないかもしれないわね。


私の復讐は正当なはずよ。

それでも、誰かの命を奪ったという行為に理由はつけられない。

そこまで野蛮な人間ではない。

そう思いたいだけかも…。

どちらにしろ、この身は一度死んだのは現実。

だから、許される。


けれど、ラルフは違う。

この先、もしかしたら、あの子はラルフ・マーシャンとして生きるかもしれない。

愛する家族を作り、次代に血を繋げるかもしれない。

だから、復讐に駆られた悪魔がそばに居るべきではないのよ。


「さようなら」


静かに弟に別れを告げた。


どのみち、この姿では気づかれないものね。

でも、これからどうしようかしら?


この身は無一文。何も持たない。

事件の真相を探るにしても拠点はいるわよね。

ルシアの復讐相手が聖騎士どものように分かっているわけではない。

いえ、あの日、うろついていた男がいたわね。

妹に恋焦がれていた男。彼なら何か知っているかもしれない。


確かエヴィウス男爵の血縁者、アバロニアだったかしら?

あの方を探すのがまずは先決ね。


エヴィウス男爵の領地はそれほど遠くはないはず。歩いても行けるはず。


しかし、その時、耳にかすめたのはリッチー伯爵家の侍女たちの声だ。


「聞いた?エヴィウス男爵様の甥御様が第一皇子の事務官になられたってお話」

「エヴィウス男爵って好色家で有名な?」

「そこは重要じゃないわよ」

「確かにそうね。エヴィウス男爵家って皇家廃止派でしょう?」

「もう、滅多な事言うものじゃないわよ。廃止じゃなくて、革新派よ。諸外国との繋がりを重視している人達」

「そうだった。でも、皇家の周りにいるのって帝国第一主義の人達ばっかりだって聞いたけど?あっ!だから、異例なのか」

「ほら、それは皇帝直轄の聖騎士達が奥様の親族、マーシャン子爵ご一家にやった暴挙の件が関係してるんじゃない?下手をしたら、国が乱れるどころか、皇家排除論が出るかもしれないんだもの。皇帝陛下はどちらの派閥にもいい顔をしておきたいんでしょう。だからって何も片田舎の男爵家のそれも分家の人間を送り込むなんて革新派は何を考えているのかしら」

「やだ…。まるで政治家みたいな物言いね」

「やめてよ。ただの世間話なんだから。にしてもマーシャン子爵家の方々は本当にお可哀そう」

「とはいえ、跡取りのラルフ様が生き残られたのは幸いよね」

「それで、エヴィウス男爵家から皇宮に出された人質は誰なの?」

「人質って大出世の間違いでしょう。確か、アバロン?いえ、アバロニア様だったかしら?」

「彼もやっぱり好色家なのかしら?」

「もう、そういう話が好きなんだから」


笑いながら去っていく侍女達にこのタイミングで彼の情報が入るのもやはり、力のおかげかもしれないと思った。


でも、解せないこともあるわ。

私の頭の上には運釜が浮かんでいない。

操作できるのは他人の運だけだと言う事なの?

それでも、必要な情報、欲しいと思った物が手に入りやすくなっているのは実感できる。


この力をすべて把握するにはまだ時間がかかりそうね。

それにしても、問題はアバロニアが皇宮に入ったと言う事よ。

つまり彼の滞在先は皇都だと推測できる。


参ったわ。お金もないのにどうやって行けば…。

そうだわ。スカイドレイルがある。

あのショーは賭けの対象としても盛んだわ。

かなりの金額が動くはず。

上手く行けば、一生分働かずに済むような金が手に入るかもしれない。

これこそ、一世一代の賭けよ。


絶対に勝って旅費ゲットよ!


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