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第12話 終焉と覚醒

「お母様!お父様!ラルフ!」


屋敷中のどこを見渡しても煙が立ち込めている。

燃える匂いと真っ赤な火の海が迫っているのが肌で感じた。


一体何が起きているの?

どうして、こんな事に…。


とにかく、皆を探さなくちゃ…。


焼けただれた大広間の扉の向こうで横たわるお母様が目に入った。

その服は乱れ、素肌がさらされている。

まるで事後のようなあり様。ルシアのように…。

そして、青白い肌と閉じた瞳はまるで人形のようだった。いえ、人形であって欲しいと思った。

その傍らに切り捨てられたお父様の姿を見てしまっては、その願望は幻だと思い知らされる。


そこで起きたであろう惨劇がありありとイメージできてしまった。


私が眠っている間に何があったっていうのよ!


火の中に飛び込んいる状態だというのに、体中は冷えていた。震えていた。

状況が飲み込めない。


「近づくな!ああっ!」


ラルフの声が耳の奥をかすめる。


両親の死を受け入れられないまま、私は姉としての本能に目覚めた。

ラルフはまだ生きている!

でも、危険が迫っている!


得体の知れない使命感に駆り立てられて、動かなくなった両親に背を向けた。


まるで、直感めいたものに従うように足は厨房の方へと向かう。


そこにいたのは複数の男達。皇宮付きの騎士達の制服を着た奴ら。

だが、その目はおよそ、この国の中央を守る由緒ある者達とは思えぬ下品な色をしていた。


「さあ、俺達と遊ぼう。優しくするよ」


ラルフは震えていた。そのか弱く細い体に男達が群がっていた。

その光景に腹が立つというには生易しい感情が蠢いた。


お母様に飽き足らず、ラルフの魂すら奪おうというの?

ルシアもこんな男達に傷つけられたのかもしれない。

許せない!


思わず、そばにあったナイフを握りしめ、男達にその刃を向ける。


「ラルフから離れて!離れなさい!」

「姉さま逃げて…」


ラルフの弱々しい声に胸が締め付けられた。


「なんだ。まだいたのか!お前も可愛がってやるよ!」


男達は面白そうにこちらに視線を移す。


「それ以上、近づいてみなさい。切り刻んでやるから」

「威勢がいいな!運が悪かったとあきらめろ」

「俺達にとっちゃ幸運だがな。結構な美人が自分から現れてくれたんだから」


ゲラゲラと笑う男達。

その中の一人が歩み寄ってくる。

だが、その男の手を思いっきり強くナイフで突き刺した。


「イテっ!テメェ!」


汚らしい腕から血が流れる。しかし、知ったこっちゃない。

怒りに燃えた男達が襲い掛かろうとするが、その瞬間、崩れ去った天井に阻まれて、男達との間に壁が出来上がった。


「そろそろ、ヤバい。逃げるぞ!」


男達は屋敷の終焉を感じ取り、慌てて去っていった。

けれど、こちらは動けない。天井の下敷きになっているから。

視線の先では気絶しているラルフが見えた。

手を伸ばしたけれど、触れられない。


「ラルフ…」


どうして、私はこんなにも無力なの?

家族の誰一人救えない。

もっと上手く立ち回ればよかったの?

両親やルシアと本当の意味で分かり合っていたわけではない。

キツイ言葉もかけられた。

それでも、このまま、この屋敷で暮らせればよかったのに…。

もう、命の終わりを迎えるしかないの?


「エル!エル!」


意識が薄れる中で自分を呼ぶ声が聞こえた。

それは見知った声。

ストレイト小侯爵が血相を変えて飛び込んできた。


「エル!ああ、ヒドイ。すぐに出してあげるよ」


彼の力では到底無理だ。ひ弱で運動神経が皆無なのは知っている。

昔から怪我ばかりする人だった。

パーティーで何度か顔を合わせても、いつも何かしら失敗していた。

お茶をこぼしたり、展示品を落としたりと言った程度の事だけれど、それでも笑っていた彼が好きだった。向こうはルシアの方が好きだったんだろうけれど…。


私にまた彼のファーストネームを呼ぶ勇気があれば、少しは関係性も違ったのかしら?

ずっと爵位の違いを気にして、距離を取り続けていたから。

違う。ルシアと一緒にいる彼を見るのが耐えられなかったから。

だから、自分から離れたのだ。

でも、今は彼に頼むしかない。


「お願いがあります」

「なんだい?」

「ラルフをリッチー伯爵様の所へ連れて行って。おば様の所に…」

「ああ、連れていくよ。君を助けてから」

「それじゃあ、遅いの。今すぐよ。お願い。一生に一度のお願いですから。幼馴染の…いえ、ルシアの姉の願いだと思って!」

「分かった。だが、すぐに戻ってくるから」

「ありがとうございます」


意識を失っているラルフを抱えて、彼は出て行った。これでいい。壁近くに花束が転がっていた。おそらく、リッチー小侯爵がルシアのために持ってきた物かもしれない。

ルシアに愛を囁いていた男達は誰も来ていないのに、彼は来てくれたのね。

皇宮を穢した令嬢という汚名を着せられた妹のために…。


穢した?違う!

ルシアはその身を傷つけられたのよ。

それなのに悪女みたいな扱いをされるなんて…。

お母様もお父様もラルフもこんな目にあわされる必要なんてなかったはず。

それもこれも先祖が犯したというクーデターのせいなの?

けれど、私達には関係ないじゃない!


アイツらに何もせずにこのまま死ぬの?

復讐もできないまま?

ルシアの命を奪った奴もお母様達にこんな扱いをした奴らも…。

みんな笑っているのに!


運が悪かったで済ませたない!


子どもにまで邪心を抱く奴らなのよ!

許せない!

このまま死にたくない!


誰でもいいから助けて!

心から願った。神でも悪魔でもなんでもよかった。


けれど、そんな願い叶えてくれる者がいないとも分かっている。

だって、もう時間が迫っていたから。意識がもう持たない。

その場ですべてを手放した。

そのはずだったのに…。


なぜだか、体が浮上する感覚に包まれる。


焦げ臭い匂いが鼻を通り抜けて、思いっきりせき込んだ。

無意識に体を起こすと、そこは焼野原の中だった。

周辺には屋敷だったはずのレンガや焼けた木片が転がっている。

自身の手の中にはなぜだか、嘆きの乙女の愛骨という名の家宝が握られていた。


調整師には価値がないとされたそれがどうしてここに?


しかし、どうでもよかった。その美しい装飾品は私が認識した途端に灰に変わり、消えていったから。

そして、今、頭を駆け巡るのはこの状況を作り出した招かれざる客達への怒りだけだからだ。

まるで、何かに駆り立てられるように体が動く。

獲物を追いかけるように…。

痛みも何も感じなかった。

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