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第10話 突然の別れ

「ここはどこかしら?」


ただでさえ広い皇宮。むやみに踏み入ってはならない場所も多い。

だというのに、


完全に迷った。方向音痴ではないと思うんだけれど…。


はあ、あの子も大人しく晩餐会場にいてくれればいいのに…。

一体どこで遊んでるのよ。

もしかしたら、どこかの男性と一緒に…。


いやいや、あの子はまだ誰とも肌を重ねた経験はないはず。多分…。

どれほど、愛を囁かれてもぬらりくらりと交わしていた。

その辺りは意外と保守的なのよね。ルシアは…。

相手に脈があると思わせているのはいただけないけど。とはいえ、それは令嬢の多くもやっている男女の駆け引き。だから、私が気にしすぎなだけなのかも。

けれど、ルシアはまだ子供なのだ。

無邪気に相手の感情をもてあそんでいるだけ。だから、ずっと不安で仕方がない。

マーシャン家の領内の付近はよくも悪くも田舎なのだ。そのほとんどの貴族も顔見知りで無作法な事はほとんどしない。なぜなら皆、浅はかではあるけれど友人という認識があるから。でも、皇都に集う貴族達は違う。中には礼儀をわきまえている人もいるだろけれど、全員がそうとは限らない。


本当に心配だわ。

私がいくら叫んだところでルシアは聞く耳すら持ってくれない。

でも、今日ぐらいは何があっても首根っこ掴んで、屋敷に連れ戻さなきゃ。。

それに…。


「どうして、こんなに胸がざわつくのかしら」


なんだか、頭もボーっとするし、いつもはこんな事はない。自己管理は徹底している。

でも、虫の知らせというのだろうか。それとも慣れない場所のせいなのか。今でもそれは分からない。


一瞬視界にルシアに愛を囁いていた男の一人が見えた気がしたけれど、気のせいかもしれない。

それにしても前が見えない。けれど、足は自然と進んでいく。

誰もいない廊下の先で、すすり泣く女性のかすかな声が耳をかすめた。

無駄に豪華な扉は少し開いていた。薄暗い部屋の中から嗅いだ事もない独特の香りが漂ってきて思わず鼻を抑えた。異臭にすら感じるその香りが体に突き刺さる。しかし、そんな事実は些細な物のように思った。なぜなら、まるでパーティーの後の静けさのように散らかった室内で泣いていたのはルシアだったから。美しく着飾っていたはずの妹のドレスは無残に切り裂かれ、裸同然のまま横たわっていた。何があったのか一目でわかった。だから、何も言わずにルシアのそばに駆け寄る。


「もう大丈夫よ」

「うっうう…」


いつも天真爛漫な妹とからはかけ離れたか弱い声が漏れた。


「誰がこんな…」

「お姉さま…」

「何?」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「ルシアが謝る事はないわ。貴女は何も悪くないんだから」

「違う!」


ルシアはフラフラと立ち上がり、バルコニーへと向かう。


「ルシア?何をしてるの?」

「全部、お姉さまの言う通りだった!」

「えっ!」

「殿方を甘く見ていた私がバカだったの!」

「いいのよ。だから、こっちに戻ってきて!」

「もういい!もういい!」


振り返ったルシアの姿は月夜に輝く女神のように美しかった。

儚く、そして涙にぬれる瞳がまっすぐにこちらを見ていた。

今まで見た事もない微笑みをたたえて…。


「さようなら。お姉さま」


その瞬間、ルシアの体は宙をまっていた。

伸ばした手は妹に触れるのを拒む。

騒ぎを聞きつけた来賓者や使用人たちの騒ぎ声も耳に届かなかった。


どうしてこうなったの?

なぜ、つなぎとめておかなかったの?

抱きしめておかなかったの?

私はただこの場にマーシャン家は無害だと伝えに来ただけなのに。

なぜ、妹が地面の上で血を流して倒れているの?

呆然とバルコニーの下を見ていた。

背筋が凍り付いたように動けなかった。




「何がどうなってるのよ!」


お母様の悲鳴に似た怒号が降り注いでも、何も感じない。

髪を掴まれ、引きずり回されても叩かれたはずの頬も背中も冷たいままだ。

どうやって、マーシャン家の屋敷に帰ってきたのか覚えていない。ただ、目の前には動かないルシアが寝ているだけ。あの騒動からまだ数日なのに…。時間の感覚がない。

また、お母様の手が振り下ろされそうになるが、お父様とラルフに抱え込まれてかなわない様子だった。


「ただ、マーシャン家は皇家の敵ではないと示すだけでよかったのに!なぜ、ルシアが死んで帰ってくるのよ!全部、エルのせいよ」

「お母様、やめてください。お姉さまが誰よりも悲しんでいるんですよ」


純真無垢なラルフの叫びにお母様は泣き崩れ、父はその肩を抱き寄せた。


「すまなかった。私がふがいないばかりに。お前につらい思いを…」

「おやめください。お父様。私がルシアから目を離したから。ごめんなさい。今は…」


耐えられなかった。ようやく、悲しみと怒りがこみあげてくるようで、その場から逃げ出し、自室へと走り出た。逃げたかった。すべてが夢であって欲しいと思った。


確かにあの子はよくも悪くも世間知らずだったし、調子にも乗っていた。

でもだからって、こんな死に方はあんまりよ。

だって、ルシアにはいいところも沢山あったのよ。

なんだかんだいって、私を慕っていてくれた。

可愛い妹。


ごめんね。私がしっかりしていなかったから。


『もう、お姉さまは真面目すぎるのよ。もう少し力を抜いたってバチは当たらないわ』


「ルシア!」


妹の姿が瞼の裏に焼き付いているような感覚がした。

けれど、手を伸ばしても誰もいない。


重たい体を起こした。泣き疲れて眠ってしまったらしい。


しかし、部屋中に立ち込めた煙で残っていた眠気は吹っ飛んでいく。

何かよからぬ事が起きていると直感して部屋を走り出た。

そこは火の海だった。

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