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第9話 建国パーティーのひと時

建国祭は文字通りラクナメイア帝国の誕生を祝う式典だ。

毎年、建国設立宣言が成された6月6日に各地で盛大な催しが行われ、その前後を合わせた一週間は国中のどこを見渡してもお祭りムードである。特に今年は記念すべき5010年を迎える年で皇帝一家が主催する晩餐会は例年よりも盛り上がると予想されている。


「まあ、あれをごらんになって。どこのバカかしらね。あんな身なりでいらっしゃるなんて…」


故にその場に相応しくない振る舞いをする者達への風当たりは強い。


「ほら、例のマーシャン家よ」

「マーシャン?」

「ご存じない?まあ、忘れられた家門だものね」


その視線が自分に向いているのは分かっていた。

けれど、それこそが望んでいた反応。

聞こえてくる嫌味な言葉はあれど、首を傾げている者達も多い。

その様子に我が家がどういう位置にいるのか見て取れた。

そもそも、マーシャン家のある領地にほど近い貴族達は忘れられた家門である事もクーデターについても知らない様子だった。それはマーシャン家の娘である妹に求婚していた男達を見ていれば分かる。


いえ、たとえ汚点があったとしてもルシアの魅力が勝っているって事でもあるのかも?


どちらにしてもこの様子だと、お母様が心配するような事態は起きないわ。


それほどまでにマーシャンの名は帝国内で取るに足らない存在。

これなら、適当に楽しんで帰るだけで役目は果たせる。

むしろ問題はルシアの方よね。


「美しいご令嬢。一曲いかがです?」

「まあ、嬉しい」


ルシアは皇都でも花があるのね。

慣れない場所だというのにもう男性方に囲まれている。

姿は見えないが、マーシャンの屋敷に手紙を送ってきていた子息達もいるはず。

彼らがこの光景を見たらどう思うのかしら。

よくも悪くもルシアは目立つ。今まではそれがいい方に転んでいただけ。


「ルシア。あまり、目立つ行動は…」

「折角の都なのよ。遊んだっていいじゃない」

「ここは領地とは違うの。危険だって…」

「そうよ。領地じゃないから羽も伸ばせるのよ」

「ルシア!」


妹の含みのある視線が突き刺さってくる。


「何よ」

「そんな恰好で名誉ある皇宮に来た精神は認めてあげるけれど、だからって私の行動を制限するのは違うんじゃない?」

「最低限のドレスコードは守っているわ」

「頑固なんだから。折角、ドレス貸してあげるって言ったのに口答えばっかり。そっか…。プライドが傷つくのね。私と違ってモテないから」

「そういう事ではなくて…」

「もう黙って!」

「一緒にいると貧乏性が感染するわ」


そう吐き捨てて、妹は群衆とかしている人の波の中へと消えていく。


「エル…」


振り返れば、ストレイト侯爵のご子息が立っていた。

けして、男前ではないけれど、素朴な雰囲気を漂わせた好青年。

正装していてもそれは変わらない。優しい微笑みが見て取れた。

だからこそ、胸もざわめく。


せめて、彼の目にはもっと美しい姿でいたかったという普通の女性がきっと思う感情も湧き上がるのだ。


「ストレイト小侯爵様。この度は車を貸していただいてありがとうございます」

「気にしないでくれ。ところでルシアはどこだろう?」


やっぱり、私は眼中にないのね。


「さっきまでこの辺りにいたのですが…」

「あっ!皇女殿下のおなりだ。失礼するよ」

「ええ~」


階段から降りてくる第一皇女と第一皇子の姿が視線をかすめた。

ここからではそのお顔を確かめる事は出来ない。

おそらく、皇帝も近くで見ているはず。


さっきまで、活気に湧いていた会場に緊張感が走っていた。

これが皇帝一家の力というものなのね。


今の皇帝が即位されてからおよそ30年。その座につくために多くの血を流したと噂されている疑惑の皇帝。だからこそ、皆、どこかで恐れている。けれど、そんな中でも第一皇女は親しみやすさで国民から大人気で次の皇帝に推す声も大きい。しかし、皇宮で働く者達は保守派も多い。皇帝には男をという考えのもと、第一皇女の弟である第一皇子を次期皇帝にという動きも水面下で動いていると推測できる。今、この瞬間にも政権争いが繰り広げられているのだろう。

人の様々な思惑のせた視線、空気に気分が悪くなる。


こんな時にルシアはどこに行ってしまったのよ。

人の気も知らないで…。

役目はすでに果たしたはずだ。道化を演じる必要すらなかった。

お母様達が繰り返す皇家と縁続きであるマーシャン家の令嬢達に皇帝一家からお声一つかからないのが何よりの証拠よ。


早く探して、この場所から退散したいわ。

どこかで遊んでいるルシアを回収して帰ればいいだけだと安易に考えていた。

そのすべてが浅はかだとも知らずに…。




「こんな所に入って大丈夫なんですか?」

「平気だよ。私はどこにでも入れるのだから」


ルシアは初めて足を踏み入れる皇宮の一室に浮かれていた。

マーシャン家とは作りも規模も何もかもが違う。本物の宮殿。

皇女様や皇子様。皇帝が住まわれていると思うと胸がさらに高鳴った。

晩餐会場では華やかで賑やかな雰囲気に包まれていたけれど、ここは静かで人の気配がない。

けれど、それがかえって自分を別世界へと連れて行ってくれる感覚がしていた。

手をひく男は今日、会ったばかりだ。

しかし、マーシャン家の領地から日帰りで帰れる場所で開催されるパーティーに来る男達よりも洗練されていて、麗しかった。


沢山の男達に愛を囁かれ、ラブレターやプレゼントを貰ったけれどこれ程ときめいたのは初めてだわ。

これが運命というものなのかしら。


しかも、皇宮を自由に動き回れる人間は限られているわよね。

ならば、この男性も皇家の人間かもしれない。

つまり、この方に選ばれれば、私も皇家の人間になれるかもしれない!

優雅にその腰に回す男性の手の感触が全身に伝わって思わず頬を赤くしてしまう。


この私が赤面している。その先を予感する何かがあった。

どんなに求められても体を差し出した事はない。

それでも目の前にいる男性の美しい瞳に見つめられているとすべてを投げ出したくなった。

婚姻前だけれど、一回ぐらいいいかもしれないと思った。

お姉さまよりも先に女になると思えば、高揚感が立ち上ってくる。


別にお姉さまが嫌いなわけではない。けれど、小姑のように口を出してくるエルお姉さまが疎ましかった。だから、当てつけのようにストレイト小侯爵を誘惑したのだ。

お姉さまが好意を寄せているのはすぐにわかったから。

全く、あんな男のどこがいいのよ。

家柄以外は何の取柄もない。笑いかけるだけで簡単に私の虜になってくれた。


全く、お姉さまも男を見る目がない。

昔から家に出入りしていたから、情が移っているだけよ。

それも仕方がないわね。私と違って、器量がないんだもの。

すべては歳の近い男性があの男だっただけの話。

そんな風に考えていると流れるように自身の肌に手を添えていく暖かな感触で現実へと引き戻される。その目が特徴的でクラクラする。

吐息がかかる距離にあった整った顔がさらに近づき、唇が触れ合った。

それだけで夢心地だった。


ああ…。私は今から大人の階段を上るんだわ。

この先の展開が待ち遠しかった。


「この時を待っていたよ」


目の前に立っていたはずの麗しい男性の姿が別人に変わったのに気づく。

どうなっているの?

今まで確かに…。

でもこの人を知っている。


「凄いな。この聖装飾物は本物だ」

「彼女が僕の前にいる」


静まり返っていたはずの部屋にいくつもの声が響き、背筋が凍り付いた。

沢山の卑しい目が自身の体を射抜いていた。

直感的に危険だと告げている。けれど、逃げられない。

運命だと思っていた男は消え、予想していなかった人物に腕を掴まれて恐怖で動けない。

指先が冷えていく。


「ついてきたたんだ。いいんだろう?」


その意味に感づかないほど、愚かではない。

甘さなど一ミリもない、囁き声。


違う。私は…。

さっきまで夢心地だったのに…。

こんなはずではなかった。


『男を甘く見ているといつかひどい目に合う…』


この瞬間、お姉さまの忠告が頭をかすめた。

けれど、もう遅い。すべてが遅いのよ。

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