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第8話 皇都の装い

「姉さま…本当にその恰好で行かれるおつもりなんですか?」


心配そうにこちらを見上げる弟に優しく微笑んだ。


「ええ~。そのつもりよ」


もはや持っているドレスはどれもボロボロ。

付け焼刃だったけれど、なんとか、ほつれは目立たなく出来た。


正直、針仕事はあまり得意ではないのよね。

指先のあちらこちらに痛みが走り、眉をひそめた。


「あの、お言葉ですが、ルシア姉さまにお借りしたら…。なんなら、僕がお願いしてあげるから」

「いいのよ。ラルフは優しいのね」


主な貴族、そして皇家が一同に介する建国祭はひと際華やかなのは予想できる。

けれど、用意したドレスは単調で流行に即していない。

でも、これでいい。

お母様が言った通り道化を演じるなら外見から装うのが手っ取り早いもの。

マーシャン家の長女は田舎者でドレスコードも理解できていないバカだと思わせられれば御の字。


「僕が…不甲斐ないから、姉さまが…。僕がもう少し大人だったら…」

「気にしないで。貴方はもう少し子供でいていいのよ」


泣き出すラルフの背中にそっと手を回した。

今もマーシャン家を敵視している人間がいるのかどうかは分からないけれど、お母様が不安だと言うなら、それを払拭して見せる。家族のために…。


「冗談でしょ?それで行く気!」


顔をあげれば不満そうなルシアの姿があった。煌びやかでいつもに増してキラキラしている。

高そうなピアス、髪飾りに精巧なレースが施されたドレスを身にまとう姿は女神のように美しい。


「ええ」

「呆れた。会場では離れた所にいてよ。姉妹だって思われた嫌だもの」

「ルシア姉さま!」


ラルフの反論にルシアは鋭い視線で答えた。

それに思わず肩を震わせる弟をそっと抱きしめる。


「やめなさい」

「エルお姉様はラルフに甘いのよ。次期マーシャン家当主なのに」

「そもそも、離れていたって誰が誰と繋がっているかなんて皆、分かる事よ」

「だったら、来なければいいじゃない。建国祭には私だけで行くわ」

「私だって行きたくはないけれど、お母様の命令だから仕方がないでしょう」


ルシアの口から大きなため息が漏れる。

屋敷の外でクラクションの鳴る音が聞こえる。


「あっ!ストレイト侯爵の車よ」


その言葉に思わず身が引き締まる。


「私に感謝してよ。足のない我が家のために手配してくれたんだから」

「分かってるわ」

「誠意がこもってない」

「どうすればいいの?」

「頭を下げて。今すぐ」


深々とお辞儀をすれば、誇らしげな様子の妹の笑い声が漏れた。


「いいのよ。さあ、行きましょう」


さっきとうって変わって上機嫌のルシアに促されて、迎えの車を歓迎した。




耳慣れないエンジン音を体で感じながら、ストレイト侯爵のご子息の姿がここにない事に安堵した。

正直、彼と妹がイチャイチャしているところを間近で見るのはつらいもの。


例え、ルシアにとって遊びの相手だったとしても…。


そもそも、私と彼は何もない。こちらが一方的に好意を寄せていただけ。

それも淡い…少しの好意。だから、たいした事はないのだと言い聞かせた。


「見て。お姉さま。あれが鉄骨で出来たビル?…というものなのね」


座高の低い車のガラス窓から見える皇都は荘厳な雰囲気の海と山に囲まれ、様々な地域の人々が夢を持って集まる場所だと思っていた。ラクメイナ帝国の歴史の中心を担ってきた都市。伝統的な瓦屋根の建物が並んでいたのは数年前までで、現皇帝の政策で積極的に外の国の者との関係を重視したのを機に街には海を渡ってくる見慣れぬ服を纏う人々が行きかい、縦に伸びた長い棒のような建物が軒を連ねる。夜になれば、それらが放つまばゆい明りが空高くまで続く。日が陰るという時を知らない、静けさとも無縁の街の装いを見せる。まさに混沌の世界が広がる地。


どうしてこの街の空気はこんなにも肌をピリピリさせるのかしら。


この場所は底の見えない闇が広がる。

繁栄しているというのに日に日に暗い何かが広がっているような気にさせられる。

見栄えのしない背中まで伸ばした金色の髪が重くのしかかってくるのを感じる。


バカバカしい。緊張しているだけよね。


私の見栄えのしない背中まで伸ばした髪が重く感じる。


しかし、商店の並ぶ表通りを進み、貴族達の屋敷が並ぶ地区に入ると騒がしさもなりを潜め、慣れ親しんだ空気が流れ込んできた。


「皇宮だわ。私、初めて見たわ」


社交界のパーティーに足しげく通う妹だけれど、皇家の管轄する屋敷は一度も足を踏み入れたことはない。だから、胸を高鳴らせているのが分かる。

だが、こちらはそんな気にはなれない。


今は建国祭を乗り切るのが先決。


漆喰の赤に溢れた偉大なる皇帝の住処は帝都を見渡せる中心に鎮座している。

その光景を視界に捉えるだけで身を引き締めたくなった。


「ノーラン・フォン・マーシャン子爵のご息女、シェリエル・フォン・マーシャン様とルシアーナ・フォン・マーシャン様、お越しでございます」


高らかな宣言と共に大広間へと促される。

様々な思惑をもってこちらに視線を向ける者達に気づかないふりをして足を踏み入れる。


さあ、戦いの始まりよ。


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