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第7話 お母様の本音

「ああっ!よかった。育ってる!」


見よう見まね…というか元領地で作物を育てている農場のおじさんに頼み込んで、畑の何たるかを教えてもらってよかったわ。


人参と大根、ジャガイモ…ちょっと小ぶりではあるけれど、これでしばらくは食いつなげる。


ありがとう。農場のおじさん。本当に感謝しきれない。

かつてマーシャン家の土地だった荒地を開拓して、一代で農場主となったやり手。

はあ…。お父様にもあれだけの才があれば…

とはいえ、ない物を願っても仕方がないわね。


「何してるのお姉さま?」

「ルシア。野菜を収穫してるのよ」

「最近、敷地内をウロウロしていると思ったらそんな事をしていたの?やめなさいよ。そんな貧乏くさい。泥まみれだし…」


自身のドレスを見渡すと確かに土塗れではある。


「あら、やだ。裾、破れてる!縫わなきゃ…」

「そんなの捨てちゃえば?新しいの買えばいいのよ」

「呑気ね。私達、困窮してるって分かってるの?」

「お姉さまこそ、騒ぎすぎよ。聖装飾物だって売れたんでしょう?」

「この状況を打破できるほどじゃないわ」

「大丈夫よ。その気になったら私が男達から巻き上げればいいの。お姉さまは家の役に立たない物ばかり頂いているのが気に喰わないんでしょう?」


自身満々に答えるルシアは手紙の束をちらつかせる。


「それ、全部貴女宛のラブレター?」

「そうよ。私に会いたいって…。もちろんストレイト侯爵様のご子息のも含まれているわ」


あえて言う必要もない情報でしょうに…。

全くこの子は…。


「そうだ。折角だから、手紙をくださった方々を一同に集めて、私への愛の大きさを競ってもらうかしら?みんな、我先にと贈り物をくださるわ。もちろん、お願いすれば、大金だって…」

「おやめなさい。人の気持ちを利用するような真似は…。いつかそれは悪意に変わって、貴女を苦しめるわよ」

「ウフフッ!男性から言い寄られた経験もないお姉様がそれを言うの?全くと言っていいほど説得力ないわ」

「ルシア!男を甘く見ているといつかひどい目に合うと言っているのよ!」

「うるさい!折角、良い提案してあげたのにそんな態度取るならもう、知らない。建国祭のドレスも貸してあげないから!」


怒りを露わにして、ルシアは去っていった。

建国祭って言われてもね。そもそも行く気ないんだけれど…。


と思っていたのだが、


「必ず顔を出しなさい。貴女は長子なのよ」


物凄い剣幕で詰め寄ってくるお母様に呆気にとられる。


最初に生まれたから、行けと言うのはどうかと思うわ…。


「ルシアだけでよいのでは?ああいう場に慣れているようですし、それに次のマーシャン子爵はラルフが…」


帝国の爵位継承は男女ともに可能だ。それでも、男性優位の風潮は残っている。

幼少期の頃は長子として跡取り教育を受けさせられていた記憶もあるが、今はラルフが担っている。


「あの子はまだ幼いわ。建国祭には連れていけない」

「では一人でお留守番させるつもりで?」

「まさか。皇宮にはルシアと貴女二人で行ってきて頂戴」

「えっ!お父様も来られないのですか?マーシャン家の主ですのに」

「だからよ。これは貴女だから話すの。ルシアやラルフに漏らしてはダメよ」


いつもののほほんとした様子のお母様の姿はそこにはなかった。凛々しく知性に溢れている。

思わず身が引き締まった。


「はい」

「我が家の急激な没落はたまたまではないのよ」

「どういうことでしょう?」

「マーシャン家は子爵ではあるけれど、古い一族で長い間、皇帝のお傍に仕えてきた」

「もちろん、存しています」

「けれど、ある時代のマーシャン当主がすべてを覆してしまった。こともあろうに皇帝にクーデターを画策したせいで…」

「クーデターですか?」

「ええ。我が家は皇家とも縁者続き。先々代より以前は継承権を持っていた。それ故に邪心が芽生えたのでしょう。けれど、それは失敗に終わった」

「ですが、それが事実ならすでにマーシャン家はなくなっているはずです。皇帝に歯向かったのですから。それにそんな事件ならもっと公にもなっていてもおかしくない。私はそんな話聞いた事もありません」


「それはね。少し状況が複雑だからよ。皇家の中も一枚岩ではない。クーデターは幸い未遂で終わり、知っているのは限られた人間だけで済んだ。一族皆殺しも覚悟した事でしょうが、何を思ったのか、とある皇家の方が助けてくださったの。今の皇家内部は比較的穏やかなようだけれど、いつの時代もピリつく事態はあるもの。特にあの頃は次の皇帝の座を狙ってどこもかしこも血が流れていたと聞くわ。今の皇帝はマーシャン家に味方した皇子の直系な事もあって、辛うじて首が繋がっている状態…しかし、それもいつまで続くか…」

「もし、それが事実だとしても、私が建国祭に出席するのとどう関係が?」

「道化を演じてきてほしいのよ」

「道化を?」

「クーデター話は世間には広まらず、主な貴族間でも風化している。それでも、一部の皇家は今でもマーシャン家を見張っているのよ。その側近についている名だたる貴族達も同様。我が家にそのつもりがなくても、少しのミスで首ををはねられるかもしれない。だから、お父様もその前の当主もバカを演じてきたの。領地もろくに管理できない貴族の風上にも置けない人物だとね」

「そんな…」

「皇家だって、バカな人物は放っておくでしょう。すべては貴女たちを…。いえ、マーシャン家を守るため」


私も愚かだったわ。すべてはお父様達の演技だったなんて…。


「私たちが生きてこられたのはお母様たちの努力のおかげだったのですね」

「そう解釈してくれて嬉しいわ。やはり、エルは頭がいい。だからこそ、不憫だわ。その博識を披露させてあげられる場所につれていけないのが…」

「いいえ。お心のうちを話していただきありがとうございます」

「今まで、つらく当たって申し訳なかったわね。けれど、どこで誰が見ているか分からない。少なくなった領地内であってもね。貴女は活発に動きすぎていた。例え、貴族にあるまじき行動であったとしても、そこに目をつける人間がいるかもしれない。なぜなら、貴女は必要な物は家に持って帰ってくるだけの力があると証明していたから。すでに豪商となりつつある農業主とも懇意にしているでしょう?」

「ご存じでしたか」


懇意と呼ぶには少し大げさな気もするけれど…。


「当然よ。娘の事ですから」

「だから、心配なのよ。私達は目立ってはいけないの。家の存続が何より大切なのよ。だから…」

「分かりました。お母様の望み通りにマーシャン家は取るに足らない存在だと見せつけてまいります」


とはいえ、クーデター騒動なんて話、本当に聞いた事がない。

今も皇家が見張っているというのもとても信じがたい。けれど、無視もできない。

何より、お母様の本心が聞けたのだ。なら、今はそれで充分なはずよね。


「ところで、そのクーデターはいつのお話で?」

「500年前よ」

「はい?」


冗談でしょう!

そんな前の話でやきもきしてるって事!

勘弁してよ。

その場で思わず倒れそうになったのであった。

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