「この度は幸運骨董品店をお招きいただきありがとうございます。私は主のヴァノン・メイディー。ノーラン・フォン・マーシャン子爵様に置かれましては…」
「ああ、いいよ。かしこまらないでくれ。随分、ご無沙汰してしまったね。祖父の代の約束がまだ有効でよかったよ」
「ご心配なく。何年たとうとも、子爵様ご一家は我々のお得意様に変わりございません。例え、”その目”を失おうともね」
おば夫婦が屋敷を訪ねてきてから数日後にやってきたヴァノンはひょろっとしていて得体の知れない男。それが最初の印象だった。
「彼が調整師ですか?目が見えなくなるだなんて、物騒な言い方をなさる方ね」
「エル…お前まで立ち会う必要はなかったんだぞ」
お人よしのお父様と得体の知れない調整師とやらと二人きりにしろっていうの?
冗談じゃないわよ。
「調整師殿。こちらは私の娘で…」
「シェリエル・フォン・マーシャンでございます。調整師様…」
「子爵令嬢様はマーシャン子爵がご心配なのですよ。得体の知れない私と一緒というのは…ね」
こちらの考えはすべてお見通しという事ね。
意外と侮れないのかしら。この人…。
「ただ単に信じていないだけですわ。装飾師の…いえ幸運伝説をね」
「おや、貴族令嬢とは思えないお言葉でらっしゃる」
「そうかしら?」
「聖装飾物のほとんどを所有しているのは貴族様方ですよ?もちろん、彼らがいなければ私どもの商売も成り立ちませんが…」
「あら、調整師様は意外と毒舌ですのね」
「それは令嬢も同じでしょう?」
「そうですわね。案外、気が合うのかもしれませんわ。調整師様とは…」
「そのように評価していただいて光栄ですよ」
あえて含みを込めて返してもヴァノンは微笑みを絶やさずこちらを見ている。
やはり、何を考えているのか分からない。
幸運伝説は帝国に古くから根ずく信仰。人間や動物、命ある者は皆、運の運釜を持って生まれてくると…。その量が多ければ多いほど幸せになれるとされている。
その運釜に注がれる幸運砂を増やす事が出来るのが聖装飾物だ。
まあ、その運釜は目に見えないため、事実は分からない。
正直、そんな得体のしれないものを信用するほど信仰深くはない。
「だからって、心を許したわけではありませんよ。幸運をもたらすなんていう眉唾ものにはね」
「おや、令嬢は考えもしないのですか?」
「何をでしょう?」
「今の貴女様の置かれている状況はすべて幸運によるものだと…」
「えっ!」
「私を呼んだのは聖装飾物を売るためでしょう?そして、姿の見せない使用人やくたびれた装いの屋敷。困窮されているのが見て取れる。それでも、あなた方は生きておられるではありませんか?それは所有している聖装飾物のおかげだとは少しも思われない?」
「面白い考え方ですわね。確かに運はよいのかもしれませんわ。でも、それが聖装飾物のおかげだというのはどうにも信じ固い。私はこの目で見えない物は信じるたちではないので…。調整師様には申しわけない限りです。頭が固いのは自覚していますけれどね」
「否定しませんよ。時は未来へと移り変わっている。太古の歴史を糧として生きている私どもは不要の物となるでしょう?いずれはね…」
「重ね重ね失礼しました。私の考えがどこにあろうとも人の生き方を否定して言い訳はありませんでした」
やっぱり、疲れてるのかしら。初対面の相手に喧嘩ごしになるなんて…。
でも、最近イライラしすぎていた気がする。確かに余裕がある暮らしではないし、領民の多くが夢見ている優雅な貴族ライフを楽しめているわけではない。それでも、野垂れ死にはしていない。この状況も実は幸運な事なのかもしれないわ。
それを再確認してくれただけでもこの方が来てくれた快はあるかもしれない。
「構いません。令嬢はお優しいのでしょう。それでは品物を見せて頂いても?」
「こちらです」
娘と客人の会話をオドオドした様子で見守っていたお父様が“嘆きの乙女の愛骨”を差し出した。
「随分、古いものですね」
ヴァノンは慣れた手つきで首飾りを手にとり、目を光らせる。
「どうだろう?高値はつくだろうか?」
ソワソワした様子の父は自身の膝で指先を握ったり、開いたりを繰り返す。
「子爵様」
「なんだね」
「残念ながら、これは聖装飾物には認定されません」
「なぜだ。それは一族が長い間守ってきた物だ。しかも、作者はあの天才装飾師エミストート・ユニアだとも聞いている」
誰よ。それ…。聞いた事もない!
「ええ、よくできた代物です。しかし、これは装飾師の活動が途絶えた頃の物でもあります」
ヴァノンは首飾りをそっとケースへと戻す。
「そのような事も一目でお分かりになるのか?」
「一応、専門家ですので…。ですが、変わりに戸棚に飾られた皿をもらい受けましょう」
ヴァノンの視線は龍の彫刻が掘られた青い陶器へと向けられている。
「あれをかね。確かに古い物ではあるが聖装飾物ほど歴史のある物では…」
「聖装飾物という位置づけは確かに古き装飾師が作った物という認識でしょうが、現代にだって素晴らしい芸術家はおられます。彼らの作品の中にも聖装飾物と呼んでも買わない品物も含まれていると考えています」
「あれもそうだと?」
「ええ~。500万ピドルではどうでしょう?」
500万ピドル!
それだけあれば、食費だけなら一年…節約すれば3年は持つ。
屋敷の修繕費用にだってあてられる。
いや、それはさすがに、無理か。
敷地だけは広いからな。
でも、ありがたい事には変わりない。
「お父様。売りましょう。絶対よ」
いつもに増して、気迫のある娘におされて、子爵は思わずうなづいた。
「では、取引成立と言う事で…」
微笑むヴァノンは商売人の顔をしていた。
この時はまだ、彼と長い付き合いになるとは思いもしなかった。
買い取った骨董品と共に屋敷を後にした調整師の姿を見送ったお父様が最初にやったのは…。
「お前の態度は少しどうにかならないのか!客人に対してあのようなぶしつけな物言いはなんなんだ!」
娘を叱る事だった。
「何を言われても気持ちを曲げるつもりはありません。人が良いお父様が一体これまでどれだけ騙されてきたと?方々から借金を作ったのは誰だと?」
顔色の変わった父の大きな手が迫ってきた。次の瞬間、頬が痛む。
「口が過ぎるぞ!全く可愛げがない。少しはルシアを見習ったら…」
結局、そこに行き着くのね。
上手い商売の話が舞い込むたびに金をばら撒いてきたお父様。それを母は止めなかった。
そう。家族の誰も反対しなかった。それがいけなかったのだ。
だから、私が言うしかない。反対するしかない。
例え、恨まれたってやるしかないのだ。
家族のために…。