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第5話 嘆きの乙女の愛骨

「えっ!また一つ、領地を売ってしまわれたんですか?」

「ええ。もうあちこちに借金を作って、首が回らないの。このままでは私達はどうなるか…。お願いよ。少しでいいからお金を貸してもらえない?今やっている事業が軌道に乗れば、倍にして返すわ」


お父様の手を固く握るおば様とおじ様の声が漏れてきて、やっぱりだと思った。


「おじ様、おば様。お帰りください。我が家にはお二人にお渡しできる大金は持ち合わせてはおりません」


気付けば応接室の扉を開け放ち、仰々しく頭を下げるおば夫婦に氷のように冷たい視線を送る。


「エル。伯爵様に失礼だろう。恥を忍んで我々に頭を下げに来たのに…」

「そうよ。いついかなる時でも淑女たる振る舞いをと教えてきたはずよ」


お金の無心にきたと分かっている相手に礼儀をわきまえというの?

お母様の姉と言えど、何年も音信不通だった相手なのよ。


「それをおっしゃるなら、我が家だって同じはずです。火の車という意味では…」

「人様の前でそのような恥ずかしい話は辞めて頂戴」

「お母様。この世に及んでまだ体面を保つ事に終始なさるおつもりですか?馬車の修理も出来ず、馬だって手放したばかりなんですよ」


思わず頭に血が上って、大声を出してしまう。


「えっ!売ってしまったの?どうりで最近見なかったわけね」


お母様、本気でおっしゃってるの?

もう、なんと返していいか分からない。

両親は天然を通り越して、バカなのではと頭が痛くなってくる。


「伯爵様。申し訳ありません。娘は心配性で…。お金の事は心配なさらないでください。いくらかご用立てしましょう」

「ありがとう。マーシャン子爵」

「お義姉さま。そのように堅苦しいのは…。我々は家族ではありませんか」


なんともチープな茶番劇が目の前で繰り広げられている。


何なの?必死にやりくりして生きている私がおかしいの?


貴族とは名ばかりでアホみたいにでかい屋敷の維持一つに一喜一憂している事も…。

ただ、領地も事業もほぼないに等しいため、迷惑をかける人間が少ないのは幸いしているとホッとしている自分にも腹がたってくる。そんな風に考えているのが一番、バカだと告げられている気がした。

身を売ろうともよぎっているのに…。


呆然と立ち尽くす中、安堵の色に染める伯爵夫人たちはまた来ると言って、帰っていった。

静まり返る屋敷で一気に気が抜けていた。と同時に怒りもこみあげてきた。


「お父様!どこを探せばお金の工面をするという考えが浮かぶんです?」

「なあに…。聖装飾物のいくつかを売ればそれなりの金にはなるだろう」

「聖装飾物?ウチにそんな高価ある物があるわけ…」

「あるわよ。初代のマーシャン家の当主は装飾師信仰に熱心方でしたから。帝国中から品物を集めていらしたみたいね」


そんな物があるなら、もっと早く言ってよ。


「って言っても、何百年と続くマーシャンの歴史と共にコレクションも一つだけになってしまったけれどな」

「どこに置いていたかしら?」

「私達の寝室じゃないか?」


未だに呑気に会話のキャッチボールを繰り返す両親に喜ぶべきか呆れるべきかで悩んでしまう。


「ちょっと見てきますね」


そう言って、お母様は速足で出て行った。


「なぜ、今まで黙っていらしたんです?」

「うん?忘れていたんだよ」

「おば様達が来た途端、思い出したのに?」


火を起こす薪すら手に入れられず震える日々をどれだけ過ごしたと思っているの?


近頃の貴族令嬢ならほとんどの者が通っている勉学の門を叩く事も出来ず、未来の不安と戦ってきたのに…。


「だって、なんとかしたいじゃないか。あんなに必死にお願いされては…。それが人ってものじゃないのか?」

「お父様…」


全く…。なんて人なの。

自分の事よりも他人の事ばかり…。

少しは家族にも目を向けて欲しいと思うのに…。

そんな風に清々しく言われてしまったら何も反論できないじゃない。


お父様は本当にお人よしなんだから。

それでもなぜだか胸がジーンとするのは私もこの人の娘だからなのかしら。


「あったわよ。これこれ…」


嬉しそうにお母様が差し出してきたのは角度によって色が変わる小さな宝石がいくつも合わさり一つの石に見立てられた首飾り。そう…その石以外は何もついていないまさにシンプルイズベストの文字に相応しい一品。


「これが聖装飾物ですか?」


思わずそんな言葉が飛び出していた。正直、伝説と歴史に彩られる品物には見えない。


「そうよ。装飾師全盛期に作られた“嘆きの乙女の愛骨”。それがこの首飾りよ」

「なんなんです?その趣味の悪いネーミングは…」

「現代の価値観には合わないだけで、当時はよかったんじゃないかしら?」

「ただ単にこれを作った装飾師が悪趣味だっただけ?というのが正解な気もしますが…」

「とにかく、これを売ればアイシャ達を救うだけじゃなくて、屋敷の修繕も使用人たちも呼び戻せるわ。絶対よ」

「そう簡単に行くでしょうか?」

「もう、エルは本当に後ろ向きなんだから。早速、調整師を呼びましょう。いくらぐらいになるか聞かなくちゃ」

「調整師…ですか?」


聞きなれない言葉に首をかしげた。


「あら、お勉強好きなのに知らないの?」

「勘違いなされているようですけれど、私はお勉強好きというより、興味のある物は追及したくなる達なだけです。後は必要だと感じる事もそれに含まれますけど…」


調整師とか聖装飾物には正直、興味ないのよ。だって、科学の時代に入ってるのよ。装飾師が本当にいたかどうかも定かではないし、幸運をもたらすとされる聖装飾物の力もまがい物くさい。出なきゃ、ずっとこの家にあったっていう悪趣味な名前がつけられている首飾りの力が発動してとっくに私達を困窮から救い出してくれてるはずじゃない。


「ようはこういう、目に見えない力を持ってます系、話には疎いんですわ」

「はいはい。そうだったね。調整師って言うのは聖装飾物の安全と保護、売買などを取り仕切っている人達なんだ。私の祖父の頃までは結構、懇意にさせてもらってたんだよ」

「そうですか。なら、その調整師とやらに会えるのを楽しみにしています」

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