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第4話 始まりの物語

「ルシア…そのアクセサリーは…?」

「うん!これ?贈り物としてで頂いたの。いいでしょう?」


無邪気に笑う黄金を連想させる髪色に青い瞳の少女。

私とよく似た外見を持つのに何もかもが違う。


「それって噂のストレイト侯爵のご子息?」

「そうなの。どうしてもっておっしゃるから」


お母様の問いに頷くルシアの真っ白な肌に揺れるのは緑の宝石で彩られたペンダント。

それは話題に上ったストレイト侯爵のご子息が私にくれると言った物。


彼はきっと、忘れているんだろうな。

子供の頃の話だもの。

気付かないふりをするも、胸はチクりと痛んだ。


「ルシアは本当に引く手あまただな」

「エヴィウス男爵家のご親戚筋の男性からも贈り物を頂いていたでしょう」

「男爵家か。お前には釣り合わないな」

「お父様、心配しないで。彼だけじゃないから。ミルモット子爵のご子息やウッドヴィット伯爵様の従兄様とか…後は…ごめんなさい。全部、覚えてないわ。なんだか、私愛されちゃって…」


お父様やお母様の何気なくつぶやいた言葉に愛らしい笑顔で答える妹。

挙げられた子息達の顔が浮かんだ。皆、名の知れた人物達。

そして、マーシャン家の領地に近しい人達ばかりで私とも顔見知りだ。

けれど、彼らの目に映っているのはルシアだけ。

もう、久しく社交界に顔を出していないから、ルシアの交流関係はすべて把握していないが、もしかしたら、思っている以上に妹に入れあげている男性陣はさらに増えているかもしれない。

そう、妹は可愛い。誰の心にもスルリと入ってのける。

ある種の才能を生まれながら持っているのだ。


「エルお姉さま?怖い顔をしてどうしたの?」

「なんでもないわ。ラルフ!」


まだ、あどけなさの残る弟にも感づかれるほど、顔に出ていたのかしら?

気をつけなくては…。


「この色、お姉さまにも似合いそう。今度貸してあげるわ」


悪気がないから余計に厄介。その言葉に傷つけられるというのに…。

いつだってそうだ。ストレイト侯爵のご子息に限らず、私が好きになった方は皆、妹に恋焦がれてきた。想いを告げる間もなく、涙を呑んできた。


今回もそうだっただけ。


男性の心だけではなく、昔からお菓子もドレスもおもちゃもすべて愛くるしい笑顔で手に入れていく妹。かたや、自分は愛想がないと両親や親戚から言われ続けてきた。


それの何がいけないのよ?


物心ついたばかりの頃はそんな風に思っていた。

でも、歳を重ねるごとに欲しい物をすべて奪っていくルシアが疎ましく感じるようになった。

天然でその容姿と美しい声で人々を翻弄する妹が羨ましかった。


「お姉さま。今度の建国祭には一緒に行きましょうね」

「行きたいけれど、ドレスがね。ルシアみたいに沢山、贈り物を頂いている人間ばかりではないのよ」


そもそも、人が大勢集まる場所は苦手なのよ。


「ええ~。ドレスなら私のを貸してあげるから」


しなやかで暖かな腕を回し、ルシアはすり寄ってくる。

全く仕方がない。妹に不満があってもやはり、大切な家族なのだ。

なんだかんだで許してしまう。


「ルシアはエルが本当に好きなんだな」

「お父様!呑気に笑っている場合ではありませんわよ。我が家が火の車なのは変わりないんですから」

「エル。お前は心配性なんだ。マーシャン家は子爵家ではあるが、皇家とも縁続きだった由緒ある家柄だ。皇帝だって無下には出来ないはず」


皇家と縁続きってそれ何百年前の話よ。

皇宮の役職にも長い間ついていないし管轄する領地だってどんどん、失われている。

もはや名前だけの貴族なのである。


「ですけれど…」

「エル!そんなに言うなら貴女も本ばかり読んでないでルシアみたいにお金のある殿方でも見つけたらどうなの?」

「お母様、またそれですか」


そういう問題ではないでしょう。どうして、お父様とお母様はこうも能天気なの。

年月だけはかなり経っている屋敷の維持費だって底をつきはじめている。


屋敷のあちらこちらは崩れかけている事に気づいているの?


「そう言えば、今日の料理はちょっと薄味すぎね。料理長に一言文句言ってやらなきゃ…」

「使用人には全員暇をだしたばかりでしょう?それは私が作ったんです」


怒りを通り越してため息をつきたくなる。


「あっ!そうだったわね。この野菜、どこから仕入れたの?水っぽいしマズいわ」

「申し訳ありません。今度から気を付けるます」


何事もなく微笑むお母様とお父様…それに妹の微笑みに泣きたいどころか呆れて頭が痛い。


ラルフはまだ幼いから仕方がないけれどこの状況を深刻に考えているのは私だけなの?


その野菜だって、手に入れるのにどれだけの時間を費やしたと思っているの?

道を散策して、食べられる雑草を必死に探して、町の目ぼしい料理店に頭を下げるどころか土下座をして廃棄食材を分けてもらって必死に作ったのよ。


でも、そんな事をお母様たちに報告したって、


『貴族令嬢がそんなはしたない真似をしていいと思っているの?恥を知りなさい!』


と逆ギレされるのが目に見えている。そんな風な妄想にふけっていると、


「キーラ!」


問題の解決策が見出されない間にまた頭を抱える存在の登場にますますため息が漏れる。


「アイシャ!いらっしゃい」


突然、入ってきた女性はお母様とよく似た容姿で微笑んでいる。


「リッチー伯爵夫人。勝手に入られては…」

「もう、エル!おば様にそんな仰々しい態度を取らなくたって…」

「いいのよ。エルは真面目なのよね。それに勝手に入ってきたのはこちらだもの。でも不用心よ。表玄関をあけっぱなしにするなんて。使用人はどうしたの?」

「きつく言っておくわ」


実の姉に見栄を張る事はないのにと思わず母に冷たい視線を送る。


「夫も連れてきたの。ノーラン様にお話が合ってね」



「お食事中にすまないね」

「構いませんよ。お義兄様!」


おば様の隣に寄り添う老紳士の姿に父が素早く立ちあがった。


「皆も、見ない間に随分と大きくなって…」

「リッチー伯爵様もお久しぶりでございます」


礼儀正しく頭を下げるエルの横をルシアが軽やかに通り過ぎ、笑顔でリッチー伯爵に抱き着いた。


「おじ様、お元気でしたか」

「ルシア!」


思わず叫んだが、妹は意に返さず頬を膨らませるだけだ。


「構わないさ。4人で話せるか?」

「ではこちらへ」


お父様とお母様に連れられてリッチー伯爵とその妻は応接間へと消えていく。


確かにロックラン・ホラルド・リッチー伯爵家の妻、アイシャ・ホラルド・リッチー夫人は母、キーラ・フォン・マーシャンの唯一の肉親だ。昔は可愛がってもらった記憶もある。けれど、最近はあまり顔を合わせていない。それが突然、訪ねてくるなんて…。


本能的に嫌な予感がした。けれど、まずは後片づけだ。


「ルシアも手伝ってよ」

「嫌よ。そんな使用人みたいな仕事。それに私、贈り物の整理をしなくちゃ…」


そう言いながら、めんどくさそうに出て行く妹にいつもの事だとあきらめた。


「姉さま。僕は手伝うよ」

「ありがとう。じゃあ、お皿を重ねて」

「はい」


素直に頷く弟の後ろ姿を眺めながら、問題が持ち込まれた事を直感するのであった。


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