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第1話 天の恵み?

とある青い星。12の大陸の中の一つにラクメイナ帝国は存在する。そこは東西から流れてくる文化によって異国情緒ある匂いと雰囲気を醸し出す。世界中の好奇心とロマンを掻き立てる大地には実りある作物が育ち、海とそれを繋ぐ無数の川は人々の暮らしを豊かにした。その繁栄は永遠に続くと思われている。


例え、人力で動く馬車からエンジンが唸る車が往来する風景へと移り変わろうとも、汽車の音と共に人の波が押し寄せても…。異国からの圧力に浸食されようとも帝国は揺るがない。


もちろん、長らく荘厳な寺院や信仰の対象となる神殿と同格視されてきた皇宮が萱葺からレンガへと姿を変え、皇帝を支える貴族達の礼儀作法もその装いも変貌してから等しくとも建国から5000年以上、今は神秘と科学がせめぎ合う時代でも帝国は海の中継点としてその名をとどろかせている。



「あの…そこの方、お恵みを…」

「黙れ。ガキ!あっちに行け!」


帝国の中でもひと際、賑やかな皇都にも闇は存在する。家を持たぬ者や職にあぶれた者。

その影響を受けるのは決まって弱い者。特に子供はその悪意にさらされやすい。

未だって年端も行かない少年が図体のデカい大人に蹴られ、道端に放り投げられている。

それでも誰も助けない。その中に自分も含まれている。元より助ける気などない。

されど、いかにも空腹なあの少年に施しをあげたいという少しばかりの情も湧き上がってくる。


身勝手気回りない。とはいえ…。


ごく自然に願いを込めていた。灰色の瞳に力が入る。その心を見透かすように風が頬を通り抜ければ、フードの中に隠された瞳と同じ色の長い髪が露わになる。しかし、構わない。

もはや、貴族令嬢ではないこの身にとって艶のない髪がさらされても意味はなさない。

その証拠に誰も自分の方は見ない。あの小さな少年もそうだ。

突如、走り抜けた豪華な車は子供を足蹴りした男の横を通り過ぎて間もなく、大きな音を立てた。驚く男は衝撃で腰を抜かして地面に尻をつけている。車はレンガの壁にぶつかり、ほぼ真っ二つに割れている。しかし、後部座席に乗っていた身なりのいい男と運転手に怪我はない。ただ、破損した車の中から大量の金貨が地面へと転がっていくだけ。その多くは少年の前へと積み上がっている。人々は天の恵みと言わんばかりに群がり、少年もその中に加わった。


「シア…。余計な事をしたな」


うずくまる少年を視界に捉えながら、シアの意識は隣を歩く青年に向かう。

フードで隠された短い青髪に表情の読めない細い目の青年は不満とも呆れともつかないため息をついていた。


「構わないでしょう?車は珍しくないけれど、特注の黒塗りの高級車を乗りまわす者は皇都の中でも珍しい。よほどの金を持っている貴族か豪商。もしくは裏で生きる者が大半。あれだけの金貨を車に積んでいる所を見るとその出どころは怪しいわね。そんな得体の知れない金貨を盛大にばら撒く羽目になったのなら、この辺りの人達に寄付したと思うんじゃないかしら」

「やれやれ…。言ったはずだぞ。“運”を使いすぎると…」

「分かってますわ。考えてこの力は使うって約束したんですもの。だから、安心してちょうだい。何より、あんな小さな子がなりふり構っていない様子を見たら、いたたまれなかったのよ」

「これだから、世間知らずのお嬢様は…。あの少年がただの弱者だと?むしろ、プロだなあれは…。スられないように気を付けるんだな」


「そんなの見れば分かるわよ。私はお師匠様が思うほど、深淵の令嬢じゃありませんのよ。けれど、あの少年がそういう風に生きる羽目になったのにはそれなりの理由があるはず。皆が皆、適齢期で大人になるわけじゃない。まあ、彼の面倒を全部見ようと言う心音もない私が言っても説得力はないわね。でもね。弟の年齢に近い彼の境遇を思うと胸痛むのも本当なのよ。だから、早めのクリスマスプレゼントをしたと思ってよ。ちょっとしたね。それぐらいの奇跡。あの少年にあげたって許されるんじゃない?それにもケチをつけるっていうなら、この力…運を操る能力の練習をしたと思ってくださいな?」

「分かったよ。お前は口だけは達者だな」

「お師匠様が口下手なだけでは?」

「バカ言え。営業能力はお前より上だぞ」

「そう言う事にしてあげます。そろそろ、急がないと約束に遅れてしまいますわよ。調整師のヴァノン様」

「お前だって、調整師だろう?」

「私はまだ修行中の身ですから」

「なんか鼻につくな。力はお前の方が上だろう」

「能力の方向性が違うお師匠様の言葉とも思えませんわ」


おどけたように微笑めば、ヴァノンは半ばあきらめたように金貨に群がる群衆に背を向けて歩き出す。シアもその後に続いた。誰も彼らの気配に気づかないまま、二人は人込みの中へと消えていく。


その足は人の賑わいから離れた郊外へと進む。

時の流れから忘れ去られたような大きな屋敷。コンクリート製の建物も増えつつあるこの国において、古き良きお姫様や皇子様が住んでいそうな雰囲気が漂っている。


まあ、今でも貴族達は似たような屋敷に住んでいるけど…。


「ミスター・ストーク様は貴族階級の方なの?」

「さあね。知らないよ。そう言った話はしないから」

「お得意様だって言っていたから仲がよろしいのかと思っていたわ」

「それはあくまでお客としてさ。多大な寄付もしてくれてるがな」

「そのわりにはお店、ガタガタだけど?」

「寄付っていってもお金ですべて貰ったわけじゃないんだよ」

「はいはい」

「なんか、呑気だな。今から一仕事あるっていうのに…」

「あるのは主にお師匠様だけでしょう?」

「それが弟子の言葉かよ」


穏やかな雰囲気がその場を包む中、重く閉じられた扉が開かれた。


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