同じだけの頭脳、容姿、似た環境で育った人間がいるとしましょう。
そして二人とも夢を持っている。
それは例えば、ヴァイオリニストになりたいとか科学者になって世界をよくしたいとか、画家として大成したいとか夢はなんでも構いません。
または、今よりもいい暮らしを送りたい。
出会いが欲しい願う場合もあるのでしょう。
では、それらを叶えるのに必要な物のは?
ここで大事なのは両者ともその夢を実現できるのかという事…。
人生は残酷なもので、片方は夢を叶え、もう一人は挫折し、新しい道も見いだせないという未来も存在するかもしれません。
そうなった時、両者の間の違いは何なのでしょう?
タイミング?
チャンス?
呼び方を変えようとも人はこう語ります。
運も実力の内なのだと…。
じゃあ、運とは何を指し示すのでしょうか?
それは目に見えない何かなのか?
多くの者が欲する力だけれど、つかめる者とつかめない者がいるのが事実。
ではもし、その力を操れたら?
その者は喜ぶのでしょうか?
嬉しいのでしょうか?
必ず幸せな人生を送るのでしょうか?
運とはよくも悪くも平等に訪れるとも言う。
その真偽は?
これは運にまつわる話。
運が確かに存在する世界で生きる者達の日常。
されど必ずしもハッピーエンドから始まるわけではない。
運を操る者。運を下げる者。
運を作る者。運に翻弄される者。
運を視る者。運を金に変える者。
それらの当事者になり、運にまつわる品物と関わるのが調整師。
文字通り運を調整する者達。
運とは不運だけでも幸運に偏ってもならない。
運が込められた聖装飾物を回収、売買、調整して世界のバランスを保つ。
それが調整師の信条。
だが、仕事内容を本当に理解している人間は少ない。
特に古き物が追いやられつつある激動の時代においては…。
そして、何も知らなかった少女がいる。
運という見えない世界を知る事なく、この先も何も気づかず生を全うするはずだった者。
しかし、彼女は足を踏み入れる羽目になる。
運にまつわる力を手にし、調整師として歩かなければならなくなった。
これは彼女がすべてを失うお話。そして、調整師として世界と関わっていく成長の記録。
それは幸運か不運か?
確かめてみましょう。