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第21話

 翌日は昨日の午前中よりも更に強い雨が降っていた。

 陽菜は夜中に目を覚ましたときに酷い雨音に気づいたが、疲労のためにそのまま寝続けた。


 いつも通りに起きて、箸の進みにくい朝食を食べる。祖母はいろいろ気を遣ってくれているが、禊ぎの後の昼が一番食べやすく、夜と朝は胃に物を入れること自体が辛かった。

 雨の中を重い足取りで中村家まで歩き、昨日と同じように白装束に着替えてビニール袋に入れたバスタオルを持って泉に向かう。


 禊ぎの後にまた瑞樹がココアを作っていてくれたので、片付けを恵美に任せて陽菜は冷えた体をココアで温めた。


「昨日はホントありがと! お札集めも偶然かも知れないけどいつもよりちょっと楽だったし、なんだかんだ言ってアドバイスしてくれてるよね。心強いよ」

「いや、僕は――ああ、調子狂うな。はぁ……君、お気楽って言われない?」


 瑞樹は妙に深いため息をつくと、眼鏡を外して目を覆った。そして、陽菜に目を見せないままぼそぼそと話し始める。


「わからないんだ、友姫のこと。僕が女に生まれて友姫になった方が良かったのか、そうじゃない今の方がよかったのか。陽菜さんはこの村で生まれてはいるけど、根本的に外の人間だろう? 本来、僕は村の人から『女の子に生まれれば良かったのに』とか言われるのが当たり前に思わない? でも、そんなこと言われたこと一度もないんだよ。僕はそれを変に思う」


 何故か瑞樹の言葉の中には罪悪感のようなものが感じられた。村人に責められないことで、瑞樹はどこか不自然に居心地の悪さを感じているのだろう。


「それは……普通そうだよね。まして村長さんところの孫っていったら、お祭りの象徴としては一番いいじゃん」

「だから、きっと友姫は僕たちが思ってるような、いい意味での『祭の象徴』じゃないんだよ……2ヶ月早く君が生まれたことで、僕が男に生まれたことで、結果的に僕はそれを君に押しつけたんだ」


 瑞樹の声は弱々しく、陽菜の前で今までで一番自分の中の葛藤をさらけ出しているようだった。


「……でもさ、今までもずっとお札集めとかしてきて、瑞樹くんも苦しい思いをしてきたじゃん。もしかしたら――いや、多分だけど、それがなかったら私が集めてるお札はあんな状態で済むものじゃなかったと思うよ。あれが、『穢れを集めたもの』なら。私、知らないうちにずっと瑞樹くんに助けてもらってたんだよ」


 陽菜は手を伸ばして瑞樹の頭をわしゃわしゃと撫でた。すると急に顔を赤らめて瑞樹が勢いよく顔を上げる。


「君さ! そんなに親しくもない男の頭をいきなり撫でる!?」

「は? だって歳下だし? 私は高校2年、あんたは1年」


 1学年下という事実は割と大きい。2ヶ月しか違わなくても学年が違ってしまうと、そこには大きな違いが出るのだ。


「同じ16歳だよ! 2ヶ月しか違わないだろ!」

「そんな嫌だった? ごめんごめん、もうしないよ」


 口を尖らせて怒る瑞樹が妙にこどもっぽくて面白かったのでもっとからかいたかったが、この村に於ける重要な協力者のひとりであることは間違いない。あまりご機嫌を損ねても困る。

 陽菜がさっと手を引くと、何故か瑞樹は目を見開いて陽菜を見ていた。


「そこで引くんだ……」

「だって嫌なんでしょ?」

「嫌なんて言ってないし。……親しくもない男の頭を撫でるのかって聞いただけだし」


 拗ねたように瑞樹の視線がさまよう。ははあ、と陽菜はその視線を見て気がついた。


「さてはあんた、ひねくれをこじらせたツンデレ?」

「はぁ!? ひねくれてるのは百歩譲って認めてもいいけど、ツンデレととか言われる筋合いない!」

「えーい、わしゃわしゃ」


 再度陽菜が瑞樹の頭を撫でると、彼は途端に黙った。態度の変わりっぷりが面白くて、陽菜は彼の頭を撫で続けた。


「……僕が今までしてきたことが君の助けになったと思うなら、もっと撫でててよ。それで、褒めて」


 陽菜に聞こえるギリギリの大きさの声だったが、それが瑞樹の素直な感情だったのだろう。村人から「お陰様で」と言われながら穢れを背負わされ、彼は幼い頃から大変な思いをしてきたのだ。


「小さい頃から頑張ったね……友姫の代わりに。偉いよ、友姫として褒めてつかわす」

「なにそれ、突然偉そう。……でも、同じ苦労を知ってる君に言われるのは、ちょっと嬉……」


 恵美のものと思われるスリッパの足音がパタパタとしたので、瑞樹は言葉を切ると突然起き上がってスンとした表情に戻った。

 男子高校生として、過去のことで弱音を吐いて「撫でて」なんて要求をしたのは母親には決して見られたくないのだろう。陽菜は笑いを堪えるのに必死で、肩を震わせた。


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