「特製唐揚げうまーっ!! 恵美さん天才! リスペクト! 瑞樹くん、特製唐揚げの話出してくれてありがとね!」
恵美と瑞樹に交じり、結局陽菜は中村家で昼食を食べていた。
祖母の料理も美味しいが、天ぷらや煮物が多く田舎っぽさは否めない。
都会で生まれ育った母親世代の恵美の作る料理は、その点方向性が全く違った。
スパイスをうまく使った料理は精進料理というイメージからはほど遠く、ここ最近の中で一番箸が進む。あえて濃いめに味つけられたおかずのおかげでご飯も進み、すり減っていた気力と体力が回復する気がした。
あれほど白黒はっきりしない態度で不信感を抱いていた瑞樹のことも、「特製唐揚げを作るように勧めてくれた」一点でそれまでのことはチャラにしてもいいと思ったほどだ。
「特製唐揚げもいいけど、棒々鶏もどきもいいよ。タレは結構辛いけどね。僕は辛いもの好きだから」
「棒々鶏もどき! それ絶対美味しい奴じゃん!? あ、ヤバ、よだれ出てきた」
「テンペ、また注文しておくわ。お義父さんのいないときに限るけど、またお昼食べて行って」
白米を掻き込みながら、陽菜は勢いよく何度も頷いた。よその家で何をやっているんだという気がしないでもないが、友姫の代役としてお札集めを何度も経験した瑞樹の家である。
考えてみれば、陽菜の務めのバックアップとしてこれ程頼れる家もない。――いろいろと疑惑の残る村長のことは一旦脇にどけておけば、だが。
その日のお札集めは、比較的楽だった。「より大変な日」と「それほどでもない日」があることに陽菜は気づいたが、今日に限って言えば唐揚げ効果もあるので単純な比較ができない。
そして夕方になると、村長が傘を差し汗を拭きながら竹内家にやってきた。
しきりに恐縮した風を見せ、怖い目に遭った陽菜と祖母にぺこぺこと詫びる村長の姿は、今の陽菜には前のように人の良さそうな人物と素直に見ることができない。
「山の怪が出たなんて私も初めての事でね。村の他の家ならともかく、大事な陽菜ちゃんのいる中竹内の家じゃなんとか安全を守らなきゃいけない。――とはいっても、この目で見たわけじゃないが相手は化け物だろう? お寺さんには相談してみたが何が効くやら……」
村長と村の男性が、雨の中竹内家の塀に何枚もお札を貼っていく。白い紙に不動明王と梵字が描かれているが、そうわかったのは最近読んでいたマンガのおかげだ。
「あとは、昨日は包丁で切りかかる振りで消えたけども」
「そうだな、男衆集めて交代で包丁持たせて見回りすっことにしたわ。ここだけじゃなくて村中だ。どこに出たっておっかねえもんはおっかねえ」
村長は陽菜相手には標準語でしゃべってくれるが、祖母相手だと訛りがはっきりと出る。
段々と陽菜は混乱してきた。村長が本当に陽菜を大事にしているのか、道具にしているのか分からないのだ。
祖母がきつく言ったのだろうが、村長が見回りを出してくれると聞いて陽菜はほっとした。自分や祖母よりも、男性の方が包丁を持っても効果がありそうだ。
「陽菜! 家ん中さ入れ! 日が暮れる!」
管森村は山深い場所にあるので、日が傾くと平地より早く日没がやってくる。陽菜は札を貼るのを傘を差して見物していたが、雨の中でもわかるほど急に暗くなったことでまち子が慌てて陽菜を家に押し込んだ。
「え? ええ? いや、村長さんもいるし大丈夫じゃないの?」
「山の怪の話じゃねえ。友姫の守る決まり事の話だ」
村長への挨拶もそこそこに、まち子も家に入り戸に鍵を掛けた。そして、その鍵の上にも村長から受け取った札を貼り付ける。
「はあ、これで今日は何事もねえといいなあ」
「そうだね」
何事もないのが一番いいが、札が効いたのか昨夜の山の怪の方が偶然の産物なのかは判断できないだろう。
それに、「お札が効いた」というとオカルトじみてそれもまた怖い。
家の中に一枚だけ貼られた札を写真に撮り、陽菜は兄宛てのメッセージに添付して送信した。しばらくしてからその札のことを調べたらしい返信が来る。
「マジモン吹いた。不動明王のお札だな。密教系の定番、厄除けと言ったらこれだ」
「定番なんだ。効くかどうかは一晩経たないとわからないね」
「報告頼むわ。ああ、一応刃物は近くに置いておけ。今日先輩に聞いたけど、大体の幽霊とか化け物は刃物が苦手らしいからな」
「え? なまはげは? 包丁持ってるけど」
「あれを化け物と一緒にするな。なまはげは来訪神だ。悪事を裁いて災いを退ける方の神様だよ。まあ、何があっても慌てずに覚えておけよ。場合によっちゃ俺の卒業論文の題材になる」
やはり餅は餅屋というか、こういった話は兄に尋ねるに限る。「民俗学とオカルトを一緒にするな」といいながら、オカルト大好きな民俗学科所属の人間なのだから。
その日、結局昨晩のような怪異は起きなかった。兄のアドバイスで包丁を布団の近くに置いて眠ったが、なんの問題も起きなかった。
それでも、完全に安心して眠ることはできなかった。
一度植え付けられた恐怖を完全に拭い去ることは難しいのだ。