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第14話

 一度帰宅してからノートパソコンを持ち、陽菜は再び中村家を訪れた。

 立派なテーブルがどんと据えられた居間に最初は通されたがあまりに落ち着かないので、ココアを飲んだダイニングにお邪魔させてもらうことにした。


「遠慮しなくていいのよ?」


 不思議そうに恵美が尋ねてくるので、陽菜は思わずぶるぶると首を振る。あんな広い部屋でひとりで宿題とか無理だ。畳に正座でパソコンも無理だし、足を崩しているのもなんだか落ち着かないだろう。


「椅子の方が良くて……」

「ああ、わかるわ。私も夫と私の部屋があるけど和室であまり落ち着かないから、普段はここにいるの」


 クッションフロアが敷かれた小さなダイニングは、確かにこの家の中では数少ない洋風の場所かもしれなかった。

 瑞樹がすぐにWi-Fiを設定してくれたので、陽菜は宿題に取りかかる。その間恵美は掃除などの家事をしていたが、それを終えるとダイニングに戻ってきた。陽菜の邪魔にならないようにとの配慮なのか、テレビなどは付けずに雑誌を読んでいる。


「はい、おやつ」


 10時過ぎにそう言って冷蔵庫からプリンを出してきたのは瑞樹だった。陽菜にスプーンとプリンを渡すと、自分も椅子に座って食べ始める。

 その姿はなんだか陽菜にとっては意外だった。


「ありがとう。――甘いもの好きなの?」

「嫌いじゃないよ。頭使うと糖分使うし、自分だけならともかくお客さんに『どうぞ』ってラムネだけ出すわけにもいかないだろ?」

「普段はラムネなの?」

「ブドウ糖とカルシウムが両方取れるから便利だよ」


 随分理屈っぽいことを言っているが、瑞樹は甘いものが好きらしい。眼鏡の奥の目を和ませて美味しそうにプリンを食べている。


「禊ぎもさ、体温奪われるでしょ。思ってるより体力削られるから気を付けて。陽菜さんはダイエットとか気にするのかもしれないけど、祭が終わるまではとりあえず気にしない方がいいよ」


 瑞樹の声は淡々としてはいるが、内容は気遣いが感じられる。彼への評価を少し上方修正して、陽菜は瑞樹の言ったとおりダイエットのことなどは気にせずにプリンを食べることにした。

 有名メーカーの舌触りの良いプリンだ。甘みも程良くて美味しいし、ほどほどにボリュームがある。確かに禊ぎは朝から体力を消耗する感じがするので、彼の気遣いはありがたかった。


「そうだ、陽菜さん明日からはパソコン持って禊ぎにいらっしゃいな。その方が楽でしょ? それで午前中ここで宿題すればいいのよね」

「あー、なるほど。そうさせてもらいます」

「じゃあ、久しぶりに何かお菓子作りましょうっと。瑞樹は何がいい?」

「……お母さんの作るお菓子は何でも美味しいと思うよ」


 へえ、と陽菜は内心で驚きの声を上げていた。素直じゃなくて反抗期真っ盛りに見える瑞樹が、母親には随分と優しく接しているように見える。


「なんでもが一番困るのよ」

「じゃあレモンクッキー。あれ美味しいよ。GW明けに学校に持って行ったら凄い好評だった。お祖父ちゃんにレモン買ってきてくれるよう頼むよ」

「あ、いいわ、お義父さんに頼まないで」


 スマホを取り出した瑞樹を恵美が止める。恵美は自分のスマホを取り出すとメッセージアプリを開いて何事かを打ち込んでいた。


「今日の午後は吉川さんが来るのよ。来るときに買ってきてもらうわ。お義父さんに買ってきてもらうと時間が遅くなるからクッキー作るのに間に合わないしね」

「吉川さんまた来るの? そんな毎月みたいに骨董品買って、どこからそのお金って出てるわけ?」


 瑞樹が眉を寄せている。察するに、吉川は骨董品屋らしい。


「お義父さん骨董趣味じゃない。毎回買ってるわけじゃないのよ? 程々のお金でいいものがあったら見せてくださいってお願いしてあるの。私のお金じゃなくてお義父さんのお金だしね」

「だったら、いいけど……」


 恵美の説明に納得し切れていないようだが、それ以上追求もできないのだろう。渋々といった風に瑞樹は口を閉ざした。


 家族内の話を聞くのは居心地が悪い。陽菜が無言で食べたカラメルは思った以上にほろ苦かった。


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