お札集めをした日の夜は、長く外を歩いたせいなのかもしれないが陽菜にしては異様な疲れ方をしていた。
夕食に使った食器を片付け終わると、早々にシャワーだけを浴びて布団を敷く。体が泥の中でもがいているかのように重く、少しでも早く布団に横になりたかった。
「なんか凄く疲れたから、早く寝るね」
「暑かったからなあ。でも早すぎないか?」
まち子が仰ぎ見た時計はまだ午後の8時を示している。陽菜もこんな時間に寝るのは幼稚園児ではと思ったが、とにかく怠いのだから仕方ない。
「んー……疲れが取れたら早く目が覚めるでしょ。そしたら健康的にラジオ体操でもしよっかな」
「ははは、そうしたらいいな。んじゃま、おやすみ」
まち子は自分の部屋との境の襖を全開にして涼しい風をこちらに送りながら、テレビの音を低くした。祖母はまだ寝る気はないらしい。
ひんやりとしたシーツの上に横になると、心底ほっとした。目を閉じると体全体に重力が掛かったようで、下に下にと引き込まれる気すらする。
けれど、そんな風に感じたのは束の間のことで、すぐに陽菜の意識は眠りに落ちていった。
ふと目が覚めた理由はわからない。
枕元のスマホで時間を確認すれば、夜中の2時半だ。水でも飲んでこようかなと起き上がった陽菜は、布団の脇に座った人影を見て体を強ばらせた。
それは長い髪をした同じ年頃の少女に見えた。陽菜のものよりもかなり簡素だが花嫁衣装らしきものに身を包み、正座をしてじっと陽菜に視線を向けている。
「ごめんな、おらたちの力が足りなかったばっかりに」
少女は村で聞き慣れた訛りで陽菜に謝罪の言葉を紡ぐ。おそらく「友姫」であろう亡霊を前にして、陽菜は身動きすることもでなきなかった。
「守るから、なんとかしておめさ守るから……」
少女の顔の輪郭がぶれる。次々にすり替わる顔は、どれもどこか前の少女の面影を宿していた。
「お札集めは疲れっからな。朝んなったら念入りに禊ぎしたらええよ」
陽菜のものよりも日焼けした手が伸びてきて、額に載せられる。ひんやりとした手はやさしく、熱っぽく感じる額に心地よかった。
はっと気がつけば、陽菜は布団に横になったままだった。慌てて起き上がったが、少女の幽霊もいない。そしてスマホで時間を確認すればまだ午前2時になったばかりだった。
「……夢、か」
心臓が早鐘を打っている。あんなにもはっきりした夢を見るのは久しぶりで、体も心も驚いているのがわかる。
けれど、夢が恐ろしかったかといえばそうではない。
あれは、おそらく過去の「友姫」を担った少女たちだろう。何人もの姿が重なっていたけれど、悪意や恐怖は感じなかった。
むしろ陽菜を心配し、労りの言葉すら掛けてくれた。
それでもひとつ、どうしても引っかかる言葉がある。
「私を守るって、どういうこと?」
友姫の役目に危険が伴うとは思えない。お札にはおかしなものを感じたが、それだけだ。
陽菜はしばらく夢の中で聞いた言葉について考えていたが、やがてぼふりと枕に頭を落とした。
「ま、いいや。夢のことを考えてもしょうがないもんね。……でも明日は、禊ぎは念入りにしようっと」
夢の中で受けたアドバイスは実践することにして、陽菜は再び目を閉じた。
けれどアラームが鳴った朝7時に目を覚ましても、体には泥のように疲れがまとわりついていた。