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第7話

 神様がいない神社なんてあるのだろうか――。

 陽菜は朽ちた注連縄や今にも崩れそうな社殿を見ながら疑問に思った。

 けれど、都会でも区画整理などのために神社の引っ越しというものはままある。何かの事情で新しい神社ができてそちらに移ったのだろうと、陽菜は思うことにした。


「ここが禊ぎの泉。綺麗でしょ?」


 恵美えみの声は場違いに明るい。

 木々に囲まれた中、木漏れ日に照らされた小さな池は確かに美しかった。

水面が波立っているのは湧き水のせいだろう。魚はいないが、水は透き通っており底の砂利までくっきりと見える。


「ここに禊ぎ用の白装束が入ってるから。上下のセパレートになってるから着るのは簡単よ。下着濡れちゃうから全部脱いでから着てね」


 恵美の指示する通りに、陽菜は白装束を取り上げた。上半身は甚平のような構造で袖を通して紐で前を留めるだけの簡単なもの。下半身は巻きスカートのようにぐるりと巻いてやはり紐で結ぶだけだ。


 それ以外に籠にはバスタオルが入っていた。体を拭くものが入っていたことにホッとしつつ、陽菜は着替えのために服を脱ぐ。祖母と恵美ふたりが陽菜を見ているので恥ずかしかったが、「ここはスーパー銭湯の更衣室」と思い切って着替えることができた。


「入るときに右足から、とかあるんですか?」

「それは大丈夫よ。ただ、湧き水で夏でもそれなりに冷たいから気を付けてね。入ったら肩まで浸かって、それでおしまい」


 恵美の説明を聞いてそれなら簡単そうだと、陽菜は泉に踏み込んだ。途端に水の冷たさに驚いて一歩後ずさる。


「冷たっ!」

「1年通して大体20度くらいなの。だから、さっとでいいのよ。終わったらうちで温かいものを飲みましょうね」

「うえー、サウナの隣にある水風呂じゃん……」


 20度と聞いて真っ先に思いつくのがそれだ。あれはサウナでガンガンに火照った体を冷やすのがいいんであって、いくら真夏でもそれほど暑い思いをしていないときに入るものではない。


 しかし、これは友姫役が祭までにこなさなければいけない日課なのだ。陽菜は覚悟を決めるとそっと爪先を泉に浸した。

 一歩ごとに冷たさに慣れるようにしながら、ゆっくりと奥へ入っていく。深さは一番深い場所でも陽菜の腰ほどだ。そういうところも水風呂を連想させる。


 思い切ってしゃがみ、肩まで浸かってからざぶざぶと岸に戻る。まち子がバスタオルを広げて待ってくれていて、そこに飛び込むと温かさにほっとする。


「髪の毛はアップにしてきて良かったわね。もしそうじゃなかったら、何か貸そうと思ってたの」


 濡れていない陽菜の髪に目を止めて恵美が笑う。確かに、いちいち髪まで濡れていたら大変なことになるだろう。明日からも禊ぎの時は濡れないようにアップにしようと陽菜は心に決めた。


 濡れて張り付いた白装束を脱ぎ、着てきた服に着替えると温かさにほっとする。濡れたタオルは籠に入れて恵美が持ってくれた。

 再び中村家の門を潜り、今度は家の中に招かれる。

 大きなテーブルが異様な存在感を示す居間を通り過ぎ、案内されたのはキッチンにある小さなダイニングセットだった。


「まち子さんは冷たいお茶でいいですか?」

「そうだねえ。ありがとなあ」


 まち子は飾り気のないガラスのコップに麦茶を注いでまち子に渡し、マグカップにはミルクココアの粉を入れた。それにポットからお湯を入れてかき混ぜながら笑う。


「冷たいプールの後には、温かいココアでしょ? 瑞樹も小学生の頃はよくあそこで泳いで遊んでて、その後にココアを飲んでたのよ」

「ココア! 懐かしいー、嬉しいです」


 温かいココアを受け取りながら、「あの泉、そんなカジュアルに泳いでいいところなんだ」

と陽菜は少し驚いていた。


 温かいココアでほっと一息ついていると、恵美がまち子の向かいに座った。


「まち子さん、おじいちゃんの月命日っていつでしたっけ」

「…………16日だなあ。6月16日が祥月命日だ」

「私も今度お線香上げに行かせてもらいますね」


 マグカップを抱えたまま、陽菜は恵美とまち子の間に漂った不穏な空気を感じ取っていた。

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