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第2話

 バス停から歩いて5分ほどのところに竹内家はある。その間に3人ほど村人とすれ違ったが、彼らはみな美しく成長した陽菜を親しげに褒め、祭を楽しみにしていると笑顔で話してくれた。


 陽菜が前回訪れたのは確か小学6年生の時だったろうか。

 古びた田舎家は広く、薄暗く、漂うひんやりとした空気が心地よかった。家の裏手は竹藪が広がっており、竹内の名はそれが元になったと聞いている。


「さ、これ見てごらん」


 祖母も心なしか浮き足立っている様に陽菜には感じた。案内されるままに一室へ入ると、そこには裾の長い赤い着物が掛けられていた。


「わ……凄い」


 大河ドラマでもお目に掛からない様な、立派な着物だ。パッと目を惹く鮮やかな赤の地に、鶴や菊、牡丹などの縁起の良い意匠が金糸などを惜しみなく使って一面に散りばめられている。

 着物に詳しくない陽菜が見ても、染めと織りの粋を尽くして作られた高級品であることは一目瞭然だった。


「これは打掛うちかけっていってな、この中に掛下かけしたっていう白い振袖を着るんだよ。普通着物を着付けるときはおはしょりを取るんだけど、お祭で姫様は歩かないからおはしょりは取らないで裾を長く引いてね。……その顔は着てみたいって顔だねえ。わかるさあ、ばあちゃんも陽菜が着るところを早く見てみたくてしょうがなかったんだから。掛下も何もかも揃ってるから着てみなさい」


 目を細めるまち子と対照的に、陽菜は目を見開いた。

 祭の当日まで着ることはないのだろうと思っていたから、一気にテンションが上がる。


「えっ、着てもいいの?」

「その前にお風呂入っといで。大事な着物で汚しちゃいけないからね。外も暑かっただろうし」

「わかった! あ、タオルとかは? シャワーでもいい?」

「いいよ。タオルは洗面所に置いてあるから」


 まち子が話し終わるのを待たずに、陽菜はよく磨かれて滑りのいい廊下を走っていた。

 数えるほどしか来たことはないが、さすがに部屋の配置や風呂がどこにあるかなどは覚えている。


 うっすら汗ばんだ服を脱いでぐるぐると丸め、長い髪を解いて風呂場へと踏み込む。

 青いタイルが敷き詰められたレトロな風呂場は、陽菜の家の風呂より広い。

 全体の中でシャワーだけが後から取り付けられたのがはっきりとわかり、そんなところにも時代を感じられた。


 陽菜はシャワーを浴びて全身を丁寧に洗い、長い髪を少し苦労しながら洗う。これを乾かすのがまた一苦労なので、祭が終わって東京に戻ったら美容院でバッサリ髪を切ることにしていた。

 夏休み明けに友人たちはきっと驚くだろう。中学に入学してからずっと髪を伸ばし続けていてストレートのロングヘアがトレードマークの陽菜が、髪を短くして登校したときのことを考えると今から楽しみだ。


 風呂場から洗面所に出ると、ぐるぐると丸めて置いた服は洗濯機に入れられており、バスタオルの他に髪の毛専用のクイックドライタオルが置かれていた。

 見るからに新品のそれを手に取り、祖母の気遣いに嬉しくなる。「祭のため」と陽菜は髪を伸ばしてきたのだし、それを陽菜に伝えたのは祖母だった。

 長い髪ならではの苦労をわかってもらえているのが、純粋に嬉しかった。


「おばあちゃん、タオルありがとう。いつも髪の毛乾かすのが大変だったから助かったよ」


 ドライヤーで丹念に乾かして整えた陽菜の髪は、今時珍しいくらいにまっすぐで艶やかな黒髪だ。密かな自慢でもあるのだが、面倒すぎる面もあるのでとりあえず後で切ることを決めている。


「ブラジャーはしないで、この肌襦袢を最初に着て」

「あ、お母さんが和装ブラ買ってくれたから持ってきたよ」

「あらあ、良かったねえ。あれはいい塩梅に胸を潰すんだよ」


 潰すって、と苦笑しながら陽菜はボストンバッグを開け、胸をなだらかに見せる和装用のブラジャーを身に付けた。


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