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滝壺の花嫁御寮
加藤伊織
ホラー怪談
2024年09月14日
公開日
50,079文字
連載中
休載中です。

東京に住む16歳の女子高生・岩崎陽菜は夏休みに祖母の住む田舎の集落を訪れる。
主役の「友姫」役を担う条件を満たす少女がいなかったために長らく行われなかった祭で、陽菜が「友姫」の役を務めるためだ。
「辰年に村で生まれた16歳の娘」だけが姫として選ばれる古くから伝わる祭、それは龍神と姫との婚姻譚であり、美しい花嫁衣装を纏った華やかな役だと陽菜は聞かされて育った。
陽菜のために用意された華麗な婚礼衣装、親しげで愛想のいい村人たち。
幼い頃から夢だった祭の主役を目前にして、陽菜は心を浮き立たせていた。

しかし、祭までには様々な制限が陽菜に課せられ、都会育ちの彼女には理解出来ない様な習わしが続く。
そして陽菜の身にも、祟りでもあるかのような不可思議な現象が降りかかりつつあった――。

表紙イラストにAI生成イラストを使用しております。

第1話

陽菜ひな、よく来たなあ!」


 陽炎の立つ道をバスが走り去っていく。

 そのバスから降り立った少女に、日焼けした顔に皺を刻んだ女性が駆け寄った。

 その女性を目にした少女――陽菜はぱっと顔を輝かせ、親しげに抱きつく。


「おばあちゃん、久しぶりー! 来たよー!」

「あらまあ、本当に大きくなって! また、お母さんに似てべっぴんさんだあ。荷物も届いてるよ。さ、うちさ行こうか。まさかひとりで来るとは思わなかったがね」

「せっかく夏休みなんだし、旅行気分を味わってみたの。ひとりだからめっちゃドキドキしたよー。バスが山の中走るから、景色も綺麗で涼しくて楽しかった」


 弾ける様に笑う孫娘につられ、老女もくしゃりと笑顔を浮かべて陽菜の頬を両手で包んだ。


「そりゃよかったなあ。こうは元気にしてるか?」

「お兄ちゃんも元気だよ」


 さほど大きくないボストンバッグだけを持ち、陽菜は照りつける太陽を遮るために日傘を差した。

 それを祖母にも差し掛けつつ、ふたりは田舎道を並んで歩く。 



 I県N市管森すがもり地区――東京から新幹線と在来線、そしてバスを乗り継いで4時間以上掛けてやっと辿り着くこの土地は、岩崎陽菜の母方の祖母・竹内まち子が住む地だ。

 車で来るにしても不便な土地なので、陽菜は生まれてから片手で数えられるほどしか祖母に会ったことはなかった。


 けれど、陽菜はこの地と祖母に思い入れがあった。

 ここはかつて管森村と呼ばれていたが、近年N市に吸収されて村ではなくなった。だが、30世帯ほどが住む山間の集落でもあり、今でも地元の人間はここを「村」と呼んでいる。


 その管森村で12年に一度行われていた祭は、その主役となる姫役の条件を満たす少女がいなかったため過去60年にも及んで行われていなかった。

 辰年に村で生まれた16歳の女の子。それが姫役を担うための決められた条件であり、陽菜は母の里帰り出産のためにその条件を満たした、村にとっては「特別な」少女なのだ。


 陽菜が生まれたときには「次の姫役が生まれた」と村中がそれこそ祭の様になってお祝いしたそうだし、電話で祖母と話すときも「村のみんなで気合いを入れて姫の花嫁衣装を作っている」と聞かされていた。



 かつて、村に悪疫をもたらした龍神が山中の滝に住んでいた。

 その龍神の元へ「友姫ともひめ」という高貴な姫が輿入れをし、それによって龍神は心を改めて村の守護神になったという。その伝説に基づいて行われる祭は、友姫役の花嫁行列が主役なのだという。


「陽菜は大きくなったら、それはそれは綺麗な花嫁衣装を着てお姫様になるんだよ」


 そう聞かされて育った陽菜は、おとぎ話の出来事の様な自分の未来を考えては夢見る心地でいた。

 また、久方振りの友姫役として他に代わりがいない陽菜は、東京に住んでいながらも管森の元村長などから七五三や進学の度にお祝いが届けられていた。


 様々な人の期待を背負って、美しい花嫁衣装に身を包んだお姫様役を務める――それは陽菜の夢であり、定められたことだった。

 花嫁役をするために髪を伸ばしていなければならないと言われたらその通りにしていたし、祭が終わるまでは彼氏を作るななどと言われてもいたから、「どうせ期間が決まっていることだし」と男子からの告白は全て保留にしてきた。


 精一杯綺麗な花嫁姿でみんなを喜ばせたいから、去年からは日焼けもしないよう細心の注意も払っていたし、同級生が呆れるほどスキンケアにも気を付けた。

 全ては、16歳のこの夏の晴れ舞台のため――。


 陽菜は浮き立った気持ちで「管森村」を訪れたのだった。


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