「
陽炎の立つ道をバスが走り去っていく。
そのバスから降り立った少女に、日焼けした顔に皺を刻んだ女性が駆け寄った。
その女性を目にした少女――陽菜はぱっと顔を輝かせ、親しげに抱きつく。
「おばあちゃん、久しぶりー! 来たよー!」
「あらまあ、本当に大きくなって! また、お母さんに似てべっぴんさんだあ。荷物も届いてるよ。さ、うちさ行こうか。まさかひとりで来るとは思わなかったがね」
「せっかく夏休みなんだし、旅行気分を味わってみたの。ひとりだからめっちゃドキドキしたよー。バスが山の中走るから、景色も綺麗で涼しくて楽しかった」
弾ける様に笑う孫娘につられ、老女もくしゃりと笑顔を浮かべて陽菜の頬を両手で包んだ。
「そりゃよかったなあ。
「お兄ちゃんも元気だよ」
さほど大きくないボストンバッグだけを持ち、陽菜は照りつける太陽を遮るために日傘を差した。
それを祖母にも差し掛けつつ、ふたりは田舎道を並んで歩く。
I県N市
車で来るにしても不便な土地なので、陽菜は生まれてから片手で数えられるほどしか祖母に会ったことはなかった。
けれど、陽菜はこの地と祖母に思い入れがあった。
ここはかつて管森村と呼ばれていたが、近年N市に吸収されて村ではなくなった。だが、30世帯ほどが住む山間の集落でもあり、今でも地元の人間はここを「村」と呼んでいる。
その管森村で12年に一度行われていた祭は、その主役となる姫役の条件を満たす少女がいなかったため過去60年にも及んで行われていなかった。
辰年に村で生まれた16歳の女の子。それが姫役を担うための決められた条件であり、陽菜は母の里帰り出産のためにその条件を満たした、村にとっては「特別な」少女なのだ。
陽菜が生まれたときには「次の姫役が生まれた」と村中がそれこそ祭の様になってお祝いしたそうだし、電話で祖母と話すときも「村のみんなで気合いを入れて姫の花嫁衣装を作っている」と聞かされていた。
かつて、村に悪疫をもたらした龍神が山中の滝に住んでいた。
その龍神の元へ「
「陽菜は大きくなったら、それはそれは綺麗な花嫁衣装を着てお姫様になるんだよ」
そう聞かされて育った陽菜は、おとぎ話の出来事の様な自分の未来を考えては夢見る心地でいた。
また、久方振りの友姫役として他に代わりがいない陽菜は、東京に住んでいながらも管森の元村長などから七五三や進学の度にお祝いが届けられていた。
様々な人の期待を背負って、美しい花嫁衣装に身を包んだお姫様役を務める――それは陽菜の夢であり、定められたことだった。
花嫁役をするために髪を伸ばしていなければならないと言われたらその通りにしていたし、祭が終わるまでは彼氏を作るななどと言われてもいたから、「どうせ期間が決まっていることだし」と男子からの告白は全て保留にしてきた。
精一杯綺麗な花嫁姿でみんなを喜ばせたいから、去年からは日焼けもしないよう細心の注意も払っていたし、同級生が呆れるほどスキンケアにも気を付けた。
全ては、16歳のこの夏の晴れ舞台のため――。
陽菜は浮き立った気持ちで「管森村」を訪れたのだった。