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7-⑪


 平和な一ヶ月が過ぎ、仕事も順調に覚え、仕事がある生活のリズムにも慣れてきた頃のことでした。

 いつも常連様で賑わうお店で、お見掛けしたことがない男性3人組が入って来られました。基本、お年を召した女性が多いお店なので、若い見た目の男性だけでも目立つのに複数人のグループというのは猶更珍しいことでした。とくに、人が殆どいない時間帯での来店は――女性とのペアならよく見かけますが、俗にいうスイーツ男子というものでしょうか。新しい常連さんになったらいいな、と世代を超えた人気店になる未来を少し描きながら、私は4人席のソファに座った彼らに近づき「お水をどうぞ」と配っていきました。


 コト、コト、コト……


 配りながら、3人の視線が私の全身に痛いほど突き刺さっていました。

 お水を配る間、お客様から大体視線を向けられます。でもそれは、水を置く手を追う程度で、顔や身体をまじまじと見つめられるようなことはありません。明らかに異様なほど見てくることに私は、掌に水以外の水滴でじとりと滲むのを感じました。


「うん、やっぱり近くで見たら猶更いい」


 突然そう言われて私が反射的に顔を上げると、男性は眼鏡をくいっと上げました。3人組の中でも一番お年を召してそうで、一番偉そうな方でした。

 そのお顔は、見覚えがありました。


「やぁ、やっぱりここはいい店だね。何度も来たくなる」

「あ、ありがとうございます。私もここは大好きなので、嬉しいです」


 私の大好きなお店を褒めて頂けて素直に私が喜びの声を上げると、男性は不敵な笑みを浮かべました。


「はは、じゃあ、好みが一緒ってわけだ。なら、色々と相性が良さそうだよね、美愛ちゃん?」

「え……」


 突然名前を言われて私が戸惑っていると、名前を言い当てたのとは別の男性二人が「美愛ちゃんっていうのか、名前通りに可愛いね」「俺には結構ストライクかも」とあまり心地よくはない声の響きでおっしゃってました。私と年齢は変わらないくらいでしょうか。でも、囃し立てるような口調は学生を抜け出したばかりのようなまだ青さの残る大人にも見えます。恐らく、年下なのでしょう。見た目も、年下でも納得な若さを保っております。人によってはイケてるだのという部類に入るのでしょうが、旦那や大智君を知っている身としては、深く関わりたいとは思えない方々でした。


「ああ、気づいてなかったのかい。ほら、前彼女と来てた僕だよ」


 そう言って眼鏡を外された男性と視線を交わした私は、気づきました。セフレを自慢げに話していた女性の溺愛するあの男性だと。


「あの会話でわかったよ。君、時間と身体を持て余しているのだろう?」


 何をおっしゃっているかさっぱりわかりません。

 私は何も動じていない、気づいていないフリを決め込み「またお越しくださってありがとうございます。それでは、ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」とお辞儀をしてその場を早々に離れようとしました。

 ですが、無礼にも、誰かが私の手首をつかみ、私の動きを止めました。


「だめ、逃がさないよ~」


 甘みを含まそうとしたその声は私の背筋に虫を這わせました。怖気をなんとか顔に出さないよう男性の方を向くと、先ほど『結構ストライクかも』とおっしゃった男性でした。整っていない、とは言い切れないお顔でしたが、整ってるとも言い難いお顔をした彼は、私より1つか2つ年齢が下だろうなと感じるお方でした。


「見ててわかっちゃった、その胸元、いいものが隠れてるんだろ?」


 下卑た笑みを浮かべてちらりと私の胸元を見る男の視線にさらに鳥肌が立つのを感じながら、私の脳裏で歯思い出したくない言葉が勝手によぎっていました。


『着やせタイプなのな?』

『最高かよ』


「……っ」


 私が息を飲んでいる間に、彼らの会話はまだ続きました。


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