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7-⑨


「そうなんですね。お話とは、なんでしょうか?」


 楓さんの言動と言い、注文ではなく私用で店員を呼びつけるおば様。ついつい好奇心がくすぐられ興味を持ってしまった私は、退勤時間が迫っているにも関わらずお話を聞く体勢をとりました。


「思った通り、優しい子。あのね、まず聞きたいことがあるんだけど……私たちって、どう思う?」


 女性はそう言って、パーマがかかりすぎてくるくるになっている肩ほどまでの茶色い髪を耳にかきあげると、隣にいる男性の腕に抱き着くようにもたれかかりました。大げさな動きになりすぎて、男性が苦笑するほどでしたが、それすらもおかまいなしの堂々とした行動でした。

 そういえば、2人席は対面の筈なのに、45度の角度になるように並んでいるなと私は気づきました。恐らく、幸せそうにうっとりと微笑む女性が勝手に椅子を動かしたのでしょう。店員の前で堂々といちゃつき……というより、わざと見せつけながらその感想を尋ねてくるあたり、色んな意味で堂々とした女性なのでしょう。こういった方は刺激しないに限ると学習している私は「並ぶと素敵だな、と思います」と無難な答えを返しました。

 その返答は、大層お気に召したようでした。

 口裂け女のようなホラーを思わせるにんまりとした笑みを広げ、彼女は言いました。


「そう。セフレってとっても素敵なのよ」

「え?」


 私は思わず声を発してしまいました。

 あまりにも、予想外な言葉が飛び出たのですから、きっとこの立場が楓さんであっても同じような反応だったことでしょう。

 決して、私が後ろ暗いものを持っているからではないと、言い張りたいです。


「ウフフ、あのね、人生変わるのよ~セフレって。女として自信が持てるっていうか。結婚してからは誰とも交わっちゃいけないなんて法律あるけど、あれは古いわ。今は変化が多い時代なんだから、いずれあの法もなくなって、愛するのは誰だっていい時代がくるわ。セフレはセーフ、とかね。ああでも、こんな話しても貴女は若いんだからチンプンカンプンよね」


 誰であっても貴女のお話は意味が分かりません。

 なんてことをハッキリ言える立場ではありませんので、私はお茶を濁すように「アハハ……」と苦笑で返すことしかできませんでした。


「若くても、あっちのポニーテールの彼女の方が理解してくれそうなのよね、賢そうだし。だけど、何故かしら。貴女の方が男受けするように見えて仕方ないの。私、そういう子にはどっちかという嫉妬するはずなんだけどね。髪が短い子もあまり好きじゃないの。だけど、何故か貴女は……同じ匂いがするのよね~」


 私は思わず、耳にかかっている髪を触り「あの、おっしゃってる意味がよく……」と答えながら、それ以上は言葉が引き出せず一歩後ずさっていました。短くて、さらりとした髪は触り心地がいい、と、旦那によく触られます。昨日も、キスをしながら撫でられました。そして大智君には『押し倒した時邪魔がなくていいな』と耳元の髪を撫でられました。前髪が眉で切りそろえてあるから『顔も見えて、いい』とささやかれ首元に顔を埋められたのも覚えています。


 私が気に入っている、この短い髪までもが原因なのでしょうか?


 どうしてこのおば様は私にこんな話をするのでしょう。

 私が同類だからでしょうか?


 ――汚いこの人と?


「あの、こちらの店員に何か御用でしょうか」


 レジからこちらを窺っていたのでしょう。異変に気付いてくれた楓さんが私の肩に手を置きながら一歩前に出てそう言ってくれました。その冷静で凜とした言葉に、私はハッと我に返りました。


 どうして、彼女を汚いと思ったのでしょう?


 私は、改めておば様を観察しました。

 そして答えは、おば様の言葉ですぐに出ました。


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