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4.思いを知ってしまったら止まれませんでした。

「あー、と、ごめん、大丈夫か?」


 傍にあったおしぼりを口元に当てて咳き込み続ける私に、向かい合っていた大智君はすぐさま立ち上がり私の隣に座って背中を撫でてくれました。個室の4人席で2人で飲んでいたので、隣に座る余裕があったからサッと移動してくれたのでしょう。申し訳なさそうに撫でる大智君の手は大きく温かく、私の旦那より柔らかかった。そんな、手の感触を無性に意識してしまう自分に気づいた私は心臓が跳ねあがりました。季節は秋ごろになっていて肌寒いからと薄手のTシャツにカーディガンを羽織っていたので左程感触は伝わらない筈なのですが、私の気管を思いやってか強めにさすってくれた手は――私の、胸を覆う下着の、紐部分に……触れました。いつもは動きやすさと着替えやすさを重視したカップつきのシャツなのですが、折角のお出かけなのだからと気分を高めるために少しお洒落な下着をと思い、肩にかかる部分が紐状になっているブラジャーをしていました。そのため、紐の所は服の上から撫でるだけでわかるような凹凸をしていました。数回私の背を撫でてから、それに気づいたらしい大智君の指先が、離れる間際私の下着の紐がある部分の輪郭を追うように、数ミリ、撫でました。少し、性的な何かを感じさせる撫で方に私は思わず彼を見ました。

 瞬間、野性的に潤んだ瞳と出会い、すぐに私は逸らしてしまいました。


「あの時……て、どれ?」


 全てを誤魔化したくて、なかったことにしてしまいたくて、なんとか絞り出した言葉の選択は、むしろ今の状況を助長させるようなものになってしまいました。だからか、背中を撫でるために近づいた距離が、さらに距離を狭めたような気配がありました。


「学生時代以外何があるよ。ちなみに高校2年な。2年間同じクラスになったやん?で、隣の席に初めてなったのも2年。横から、ずっとラズベリーの香りがするの、やべぇぐらいドキドキしてた。あとお前、暑くなると胸元のシャツをちょっとだけパタパタと動かしてただろ。他の女子みてぇに大胆にやらず、控えめにするのが逆に目の行き場に困ったって言うかガン見してたっつうか……てか俺何色々告白してんだ。そうじゃねぇじゃん、あーもー、酒入ってるせいかなんかダメだ。勢いで言うもんじゃねぇなこれは」


 話せば話すほど口が止まらなくなったらしく、途中で自分の所業に気づいた大智君は目元にパシンと掌を当てて覆い、天を仰いだ。その姿からは『今更ながら恥ずかしくてたまらない』と言わんばかりの空気が漂い、それを決定づけるかのごとく彼の耳たぶから首にかけて赤く染まっていました。恐らく酔いだけの赤さではなかったのだろうと、私でも推測できました。


「……知らなかった」

「そりゃぁ、告白してねぇし」

「……そもそも、違う人を好きだと……思ってたもの」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げて大きく見開いた目を向けてくる大智君に、私は戸惑いながらも続けました。どうせ、終わった話なのだからと。


「だって……、あの時、友理奈ゆりなちゃんが良い感じになってるから告白しようと思う、て私に言ってきてて、それで、その2週間後に付き合ってたし……確か、それも2年生の時じゃなかった?」

「いや、確かに告られたけどさ、あれはお試し付き合いで1週間限定でデート1回してときめかなかったら付き合えないって言ってたやつでちゃんとは付き合ってねぇよ俺!? あ! そうか、だからあの時妙に女子全員がよそよそしかったのか……ておいおい、待てよ、じゃあお前が俺の呼び出しに応えなかったのもそれか?」

「うん。だって、友理奈と仲いいのが私だったから、友理奈の相談をするんだろうなって思って。だから、全部断ったし、行かなかったの。好きな人の好きな人の相談なんて聞きたくないじゃない」

「まぁ確かにそれはそうだけ……ど…………え?」

「あ」


 酔いとは、本当に恐ろしいものです。

 無自覚に私も過去の思いをぽろりと告白してしまいました。

 お互い家庭をもっているのだから伝えても意味のないことなので何も言わず胸に秘めたままにしようとしていたのに、お酒の勢いというのはブレーキが壊れるものなのでしょうか。気づいてすぐに口をおしぼりで再び覆いましたが、一度出た言葉は戻りません。恐る恐る大智君の顔を横目で見れば、ポカンと口を開けた情けない顔で私を凝視していました。このままでは私に穴が空いてしまうのではないかというほどに。


「そう……か」


 そう零して、緩く口角を上げた大智君と私の距離が、縮まりました。

 大智君が、私の方へ身を寄せたのです。


「でも、所詮、過去だから」


 大智君のホワイトムスクの香りに戸惑いながら視線をテーブルへと投げるけど、テーブルの上には先ほど私の下着の紐を撫でた手があって私の心臓は妙な跳ねあがり方をしていました。もうまともに彼を見れないと判断した私がみかん酒を手に取り残りを流し込むと、大智君がいない側の腰に温もりが生まれました。官能的に動く指が、私のワイドパンツ越しに下半身の下着の輪郭に触れていました。


「でも、俺ら、両片思いだったんだな」


 彼は何を考えているのでしょう。

 どうして耳元に息がかかるほどの距離にいるのでしょう。

 私は大智君の方を向けません。

 自分がどんな顔をしているかもわかりません。

 離れて、と言いたいのに動けません。

 これは緊張なのでしょうか。手指が震えます。言葉を発そうとする唇も震えます。

 左半身に感じる大智君の体温に、心が震えてまともに思考が働いてくれません。


「ね、ねぇ、離れ――」


 ああ。


 私の言葉は、彼の口内に吸い込まれてしまいました。



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