旦那の視線を感じた私はすぐに意図を汲み取り、旦那と手を繋いでいた息子へ視線を落としました。いつの間にか私の膝にしっかりとしがみついていましたが、興味深そうにあちらの家族を見ている息子の目は好奇心でキラキラとしていました。その姿はとても可愛らしくて、愛しさがこみ上げて止まない私は緩む頬をそのままに娘を抱えながら息子の目線までしゃがみました。
「この子が私の息子。
娘は私の顔を見ながらパチパチと瞬きをするだけでしたが、私の穏やかな声音に緊張が少し解けた様子の信二が一歩前に出て「こんにちは」とぺこりと頭を下げました。親バカかもしれませんが、綺麗なお辞儀で挨拶する息子に私の胸は可愛さと誇らしさでいっぱいになりました。
「おー! すげぇ、さすがたな……あー……と、美愛さんの子どもだな! しっかりしててすげぇや。あ、ちなみにこっちが俺の妻で
美愛さん。そんな風に呼ばれた記憶がない私は頬に妙な熱さを感じました。ああいけない、と思っていても、一度熱をもったものはそう簡単に冷えてはくれないものです。赤くなってないかしら、と私がせめて少しだけでも隠そうと掌の甲を頬に当てていると、楓、と紹介された女性が「どうも、夫がお世話になってます」と目を釣り合げながら私を見下げるように言いました。私がしゃがんだままだったので見下げる形になったのは仕方ありませんが、吊り上がった目をしていらっしゃったので迫力の凄いこと。整ったお顔でもありましたので、私は見上げながら、綺麗な方ね、と思わず彼女に魅入ってしまいました。
「ほんで、こっちが娘の
自分の家族を紹介し終えてからハッとして、それから嬉しそうに破顔して笑顔を輝かせる米田君に、私も思わず顔を綻ばせながら立ち上がり「あら、本当。2人ともだなんて、そんな偶然があるのね」とついつい言ってしまいました。そんな私に旦那は少し不機嫌そうでした。恐らく嫉妬しているのでしょう。わかりやすい表情を人前であろうとしてしまうのが本当に可愛い人です。あとで何かご褒美をあげないといけないな、と思いながらふと米田君の方を見ると、隣に立っている楓さんと目が合いました。どうやら、彼女も今の状況を好ましく思っていない様子です。けど、その視線から悪意はあまりなく、どちらかというと手に汗を握る様な緊張を感じました。どうしたのだろう、と思った私は、目線を外さぬまま微笑んで首を傾けてみました。すると、彼女は頬の上部をほんのり赤く染めて「あのっ」と声を上げました。
「お宅の愛菜ちゃん、もうお座りができるんですか?」
琴ちゃんを抱えながらずいっと前に出てきた彼女に私は驚きましたが、その目は真剣そのものでした。まるで文句を言うような口調でしたが、どうやらそれは緊張のあまり声が上ずったのと、元々見た目が凛々しいお方だからそう見えてしまうのでしょう。でも、どうしてお座りができるとわかったのでしょうか?
ふと、私は愛菜を見ました。
そして、納得しました。愛菜が大人しく抱っこされてくれないから、抱っこひもで下半身だけ覆い私の左腕に腰かけるように座らせ、落ちないように背中を支えるという抱き方をしていたのでその様子を見て言ったのでしょう。確かに、まだ半年とはいえ下の子だからか成長の早い愛菜。それに比べて、楓さんの腕の中にいる琴ちゃんは生後3か月までよくやっていたゆりかごのようにいつでも揺らせる横抱き。同い年、とわかったのに成長の違いは見るに明らかでした。それゆえに、恐らく不安になったのだろうことを察した私は「ええ。なんだか生き急ぐかのように色んな事をしたがる子で」と、出来るだけゆったり、優しいトーンを意識して返しました。すると楓さんは「ずりばいは」「食事量は」「言葉に対する反応は」「言葉への理解度は」とどんどん尋ねてくるではありませんか。どうやら子育てに悩みがあったようです。私ができるだけ詳しく答えている間、ふと、傍の時計が目に入りました。屋台の間に立っている棒一つに支えられた時計。その時間を見ると、出会って話し始めてから20分ほどは経っていることに気付きました。その
でも、その些細な心配は杞憂でした。
「今度一緒に遊ぼうぜ」
「じゃあ、私のお家にくる? お姫様ごっこ、一緒にしたいなぁ」
「あー、じゃあ俺お姫様を守る騎士になるよ。かっこいいし」
「本当!? やったぁ!」
信二は社会性があるとは思っていましたが、どうやら女の子の心を射止める才能もあったようです。我ながら罪深い息子です。お姫様ごっこ、といった可愛らしい遊びに素直に付き合ってくれるような男の子は初めてだったのでしょう。葉月ちゃんの可愛らしいぷっくらとした頬が桃色に染まっていました。
いつの間にか仲良くなっている子どもたちに楓さんと同じタイミングで「あら、まぁ」と呟いて、お互い顔を見合わせ、クスっと笑っていると、旦那と米田君の会話も聞こえてきました。
「お、マイダーツあるんすか? 俺もあるんすけど予算的にブラスしか買えなくて、数本だけあるんすよ」
「コスパがいいですもんね。僕は昔から愛用していたダングステンと、嫁から誕生日プレゼントで貰っているものがあるのでちょっといいとこのお坊ちゃん並には持っているんですよ」
「マジすか!? えー! いいなぁ~。ちょっと憧れているんですよねぇ」
「なら、良かったら今度一緒に投げません? 僕の貸すので、今後のダーツ選びの参考にしますか?」
「え!? それは嬉しいっす! やったぁ! ちょちょ、早速連絡先交換しましょっ。一緒にやってくれる友達少なかったんでありがてぇっす!」
まぁ、なんてことでしょう。会話の内容は私にはさっぱりわかりませんが、なんと、旦那と米田君は趣味が一緒だったようです。一番意気投合し、私たちより先に連絡先を交換しているではありませんか。楓さんも同じように吃驚していたようで、またなんとなしにお互い顔を見合わせ、今度は、ぷはっ、と吹き出していました。
「折角の縁ですし、私たちも」
「ええ、よろしくお願いします」
こうして、不思議な運命の元、出会ってすぐ仲良くなった私たちは。
『仲良くなった記念に』ということで、家族同士でBBQに行く約束をすることとなったのです。
これが、私たち家族の。
――いえ、私の裏表が激しくなる物語の、幕開けでした。