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1.高校の時に同級生だった私たちは大人になって出会いました。

 その日は、生まれて半年の娘を私が抱っこひもでお腹の前に抱えて、旦那がもうすぐ小学一年生になる息子と手を繋いで、近所の神社に来ていました。住んでいる地域の中でも一番大きな神社にはたくさんのツツジが咲き誇ったらしく、季節の花の匂いや色を存分に楽しむための春祭りが行われていました。どんな祭りなのだろう、という興味本位で足を運んだだけだったのですが、行ってみると予想以上に色とりどりのツツジが咲き誇っており見ごたえがありました。白、薄桃色、赤、赤紫、ピンク……赤系統の色がどこを見ても咲いており、お花のトンネルのようなものもあり息子は旦那の手を引いて大はしゃぎでした。子どもが楽しめるように、子どもの目線の高さに木彫りの動物が隠れていたらしく、何かを見つけるたびに指を必死に指す息子の興奮ぶりといったら、思い出すだけでも思わず口元が綻んでしまうほどです。大きな池の上にある橋は出来たばかりでとても綺麗で、池の中で泳いでいる鯉や亀も綺麗な色をしていて春祭りのために入念に掃除されていることが伺えました。私の家族のような子供連れを集めるための催しでもあったらしく、神社から出てすぐの大きな通りは車を通行止めにして歩行者天国となっており、たくさんの美味しい匂いで溢れる屋台が視界で捉えきれないほどありました。


「予想以上にでかい祭りだな」

「えぇ、まさか近所で、こんなに大きな祭りをやっていたなんて。ずっと住んでいたのに、知らなかったわ」


 街起こし、いうものがあちこちで流行っているとSNSで知ってはいましたが、いざその気合の入りぶりを目にするとちょっとした感動を覚えました。私と旦那も息子のようにはしゃぎながら、時節0歳の娘の体力を気にしつつ、祭りを存分に楽しみました。

 そうして、最後に息子が欲しがったイチゴ飴を買って、さぁ帰ろう、とした時でした。


「え、田辺たなべ?」


 肩がぶつかりそうなほどの距離でもそのまま通り過ぎていくばかりの人の中、私と一瞬目が合ってそのまま通り過ぎた筈だった男の方がハッと息を飲んで振り向いたという気配と共にそうおっしゃいました。目が会った時に見覚えがあるような、とは思いましたがまさか私の旧姓で呼ばれるとは思わず驚いて振り向いてしまいました。その時に他の方の通行の邪魔になったのは大変申し訳なかったです。すみません、と言いながらひとまず邪魔にならないよう脇に避けようとしたら旦那が力強く私の肩を引き寄せ守るように移動してくれました。本当に、頼もしい旦那様です。その行動により少々のが空くことになってしまいましたが、私たちと同じように脇に避けた家族を改めて見ました。女性は頭の頂点から生やすような綺麗なポニーテールでつり目がとても似合う狐美人、といった容姿の方でした。赤色のメッシュが生える茶髪が綺麗だな、と思いながらその方を見ましたが、彼女のことも、その腕に抱く私の娘と似た年齢の赤ちゃんも、足にしがみ付いている優しそうな少女のことも知りませんでした。



「うわ、やっぱり田辺だ」


 驚いたような、どこか嬉しそうな空気を含ませた言葉を発して私の方に歩み寄ったのは、彼女たちの傍にいる男性でした。私はパッと男性の顔を見上げました。私より20㎝ほど高い背丈で、旦那さまとは同じくらいでしょうか。私も155cmと標準ぐらいではあるのですが、背が高いスラっとした方だな、と思いながらしっかり顔を見ました。見たことあるような目元に「えっと……」と私が必死に記憶を掘り起こしていますと、彼は「あー、覚えてねぇかぁ」と残念そうに笑いました。その気まずそうな、どこか恥ずかしそうなはにかみ顔に私は思い出の扉から出てきた一人の人物と重なることに気づきました。


米田よねだ……君?」


 思い出として大切にしまっていたはずの名前を思わず口にした私に、彼はパッと笑顔になりました。まるで元気に跳ねるポップコーンのような明るい笑顔に、ああ間違いなく彼だ、と懐かしむと共に私もつられて笑っていました。


「……誰?」


 私が他人に微笑むのは珍しいことです。故に、旦那は訝しんだのでしょう。不機嫌そうな声が隣から聞こえて私はハッと旦那を見上げました。少し睨むように目を細めて相手の男性を見つめる彼に、私は焦らなくてもいいはずなのに妙な冷汗を背中に流しながら「あのね、高校の同級生なの」と告げました。告げながら、自分の冷汗の意味にすぐに気づいてうしろめたさを感じました。何もやましいことはしていない筈なのですが、こればかりは、思い出の中の幼い私の甘酸っぱい思い出が今の私に少しばかり憑依してしまったからでしょう。


「すみません、急に声をかけてしまって。懐かしくって、つい。田辺美愛たなべ みあさんと同じ高校で、3年間同じクラスだったんですよ。あ、でも、そっか、その、旦那さんがいるってことは、今は田辺じゃないんかな?」


 言いながら米田君は困ったように視線をあっちへこっちへと動かしていました。見るからに、『しまった、今声をかけるべきではなかったかもしれない』と今更気づいて動揺している様子がありありと伝わってきました。その姿は過去によく見た姿そのもので、その姿を見ていると私も若返ったかのような、そんな錯覚に心と体がゆっくりと浸かるような感覚がありました。でも、それはほんの一瞬で、すぐに旦那が「ええ、今は川崎です」と穏やかに答えながら私の肩を引き寄せたので、私は物理的に現実へと引き戻されました。


「そっか、今、川崎か。あ、えと、申し遅れましたが、俺、米田大智よねだだいちって言います。あの、その、懐かしさでつい声をかけてすみませんでした。ビックリしましたよね」


 気まずそうに頭をかきながらはにかむ米田君。彼はいつも、難しい問題に当たった時や、先生に叱られた時、困った時などによくその仕草をしていました。大きな掌で、ボリュームのある明るい茶色がかった髪をがしがしとかく姿は男らしさの中に品位のかけるものがあるけれど、手を動かすたびにおでこの前や耳の上でふわふわと揺れる猫っ毛の髪を見つめるのが私は好きでした。ワックスで固めているのか、今はあまりふわふわとしないけれど、固められていない前髪がちょこっとだけふわんと動くのを見つけた私は自分の頬が思わず緩むのを感じていました。


「いえ、お気になさらず。僕は夫の川崎隆一郎かわさき りゅういちろうと言います。そしてこっちが……」


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