目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
魔法の訓練03



 *  *  *


 カヤに箒を渡されてから、ひと月が過ぎていた。

 しかしながら、近いうちに、時間の問題といわれたわりに、いまだに柄はきれいなままだ。


 それに落ち込む一方で、ジークのアンリへの夜這いは続いていた。

 いまだ本人はそれに気付かないまま……。


「……いい天気ですね」


 昨夜もアンリの寝室部屋を訪れていたジークは、今日も嫌味なくらい清々しい心地で空を見上げる。なのにその声はどこか陰りを帯びているようにも聞こえ、カヤは切り株のテーブルに持参した焼き菓子を並べながら小さく首を傾げた。


 恒例ともなっている、習練のあとのティータイムでのことだった。


「箒のこと、気にしてる?」


 カヤが気遣うように訊ねてみると、ジークは頭上を仰いだまま小さく瞬いた。


「あ、はい……それもあるんですけど」


 空から下ろした視線が、どこか所在なげに揺れる。

 それが改めてカヤを捕らえた時、リュシーがハーブティーを持って現われた。


「あ、ありがとう」


 カヤがリュシーの入れるハーブティーをリクエストしていたからだ。

 リュシーはポットやカップの載ったトレイをテーブルに下ろし、手慣れた所作で二人分のハーブティーを用意する。家からは少々距離があったが、茶器が魔法を帯びているため中身は全く冷めていない。


「すみません、ありがとうございます」


 目の前に置かれたカップを見下ろして、ジークもペコリと頭を下げる。

 それから数拍黙り込み、意を決したように口を開いた。


「最近、その……ちょっと考えていることがあって」

「うん? なになに。俺でいいなら、何でも言ってみて」

「すみません……こんな話、誰に言っていいのか分からなくて」


 そのわりにまたしても言い淀むジークは、僅かな逡巡の末、自分を落ち着かせるようにもハーブティーをひと口飲んだ。


(……こんな話って、どんな話だよ)


 リュシーはその後ろ――切り株テーブルから数歩下がったところで、給仕らしく見るともなしに、聞くともなしに、あくまでも我関せずという態度を貫いていた。とは言え、二人の会話が聞こえないわけではないので、心の中では思わず呟いてつっこんでしまう。


 そこでカヤもカップに口を付けた。美味しい、と素直に顔を綻ばせ、そうして何でもないみたいにジークに先を促した。


「いいよいいよ、ほんと何でも言ってよ。何でも聞くよ」

「はい……えっと……」


 ジークはカップをソーサーに戻すと、記憶を辿るようにぽつりぽつりと話し始めた。


「最近、俺……身体の調子はいいはずなのに……」

「あぁ、それはいいことだなぁ」

「はい……なんですけど、そのわりに……全くないんです」

「ん……? ないって、何が?」


「その……………せ……よ……が」

「んん? ごめん、よく聞こえなくて」

「だから………あの、……せ……ぃよ……」

「え?」


「だ、だから……っ…………せ、……性欲がっ………ないんです……っ」


 結果、間もなく彼の口から飛び出したのは、あまりに思いがけない言葉だった。


 それを耳にしたリュシーが、その背後で思い切り噴きそうになったのは言うまでもない。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?