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魔法の訓練02

「多分、これくらい君ならすぐだよ」


 ぱらぱらと開いて見せられた紙面には、一般的な人間の文字共通文字が書いてあった。それを魔法使い特有の言語に書き直すのが次回までの課題らしい。

 〝ジークなら〟とカヤが言うだけあって、ジークは意外と筋は悪くない。並行して行っているコップの水を揺らす訓練も、程度はどうあれ、一週間ほどでできるようになっていた。


 ちなみにカヤはお世辞にも人に教えるのが上手いとは言えない。

 カヤ本人がほぼ直感で全てを成り立たせてしまうからだ。

 にもかかわらず、真面目に努力できる性分も手伝ってか、現時点でのジークの上達は平均より早い方だった。


「で……今日からは一応、こっちも」


 言いながら、カヤが足元に置いていたものを拾い上げる。

 ややして目の前に差し出されたのは、穂先が筆のような形をした一本の箒だった。


「箒……」


 ジークは瞬き、開いていた本を閉じると残りの数冊と重ねて少し端に寄せた。

 そして改めてそれに向き直る。


「ちょうど昨日できあがったって連絡があったから」


 頼んでおいた職人から――。

 箒は魔法使いの必需品必須アイテムなんだよ、とカヤは続けた。


 そのわりに、ジークが知る限りカヤはいつも自転車(普通に地面を走ってくる)なので、そのせいかそこまでしっかりと結びついてはいなかったが、言われてみればアンリの家でも、アトリエの端に立てかけられているのを見たことはあった。


「はい。ちょっと持ってみて」

「あ、はい……」


 促され、ジークは両手でそれを掴んだ。

 それは確かに、カヤやアンリが持っているのによく似た、柄の長さがジークの身長ほどの箒だった。


「あれ……」

「?」

「ごめん、もう少ししっかり持ってみて」

「? こう、ですか?」


 ジークは言われるままに柄を握りしめた。

 けれども、カヤは「あれー?」と再度首を傾げるだけだ。


「君ならすぐにでもいけると思ったんだけどなぁ……」

「いける?」

「あぁ、うん。柄にね、名前が浮き出るはずなんだ」

「名前」


「所有印って言うか、そういう……ほら」


 カヤは不意に片手をくるりと動かした。

 するとその手の中に、別の箒が現われる。


「わ!」

「あ、これは転移魔法。一応、ちょっと難しいやつ……」


 実際はちょっとどころではない高難度の魔法なのだが、カヤは物心つく前から使っていたためその難しさがよく分かっていない。アンリも一応使える魔法ではあったものの、ジークはそれをまだ(正気の時に)目の当りにしたことはなかった。


「すごい……」


 素直なジークの反応に、カヤはどこか照れたみたいに笑いながら、「まぁとりあえず、ここ見て」と持っていた箒の柄のある部分をジークの方に向けた。

 示された柄の先に近い部分には、〝Kaya〟という文字が刻まれていた。


「こんなふうに、君の名前が出てくるはずだから」

「そう、なんですか」

「うん。多分近いうちに。……恐らく。きっと。……そのはず……」


 言いながらも、微妙に自信がなくなってきたのか、誤魔化すようにカヤの声が小さくなる。

 かと思うと、それを更に誤魔化すように、一転、また明るい声が響き渡った。


「大丈夫! 君が魔法使いの血を持っているのは間違いないから。時間の問題!」

「は……はい」

「とりあえず毎日寝る前にぎゅってしてみて。で、無事名前が刻まれたら、教えて。次に進むから」


 ぎゅってして、の意味は少々はかりかねるが……。

 思いながらも、カヤの根拠のない直感でしかない自信に気圧され、


「わ、わかりました!」


 気がついた時には、ジークは敬礼でもしそうな勢いで頷いていた。

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