「……そうですか」
ラファエルはギルベルトを冷ややかに見下ろすと、何の前ぶれもなくその身を組み敷き、服の前を左右に開いた。開いたというか……破った。
「ぎゃ――おまっ!! 何っ……何してんだよ! このクソボケ!! ばか力!! これ、この革……っ俺がどんだけ気に入ってると――」
「…………」
「やっ……ええ!? 嘘だろ!!」
ギルベルトは声を荒げたが、ラファエルは何も答えない。どころか、口許だけでうっすらと笑ったまま、次には下に着ていたシャツもビリー! と小気味よい音を響かせ引き裂いた。
「ひっ……!」
「服くらい後でどうとでもしてあげます」
「いやっ……ちげーだろ! てめ……っマジ頭おかしいんじゃねぇの?!」
「ピアスだってそんなに付けたいなら僕が選んでさしあげますし……。何なら穴だって、耳以外の場所にも……」
「はぁ…………!?」
ギルベルトは一瞬閉口した。それからはっとしたように瞬いて、「いや、マジ求めてねぇから!!」と僅かに怯んだような声を響かせた。
(こ……れは……)
この状況は、た、助けるべきなのだろうか。
だけど、過日のことを考えると、この二人はもともとこういう関係というか……これで成り立っているようにも見えるような……。
だとしたら、手を出せば邪魔をするということに……。いや、でも……。
ジークは目の前の光景にどうしていいか分からず固まっていたが、
「あぁ、えっと……そうですね。少し離れていてもらっていいですか?」
「え……? あ、はい!」
不意にラファエルに微笑みかけられると、思わず素直に頷いてしまう。
そうして、何とか這うようにその場を離れようとするが、やっぱり……とためらいながらも再度彼らの方を見た。
するとラファエルが更ににっこりと笑みを深めて、
「大丈夫。合意の上ですから」
「合意じゃ――んぐっ」
反論しかけたギルベルトの口を、一瞥もなく即座に手で塞ぎながら言うのだ。
「行ってください。霧で見えなくなる程度でいいので。後は気になるようなら、耳を塞いでいてもらえれば」
柔らかくて温かい。そしてやはり神々しい。その微笑みはさながら天使のようで、見蕩れてしまいそうになったジークは、慌てて小瓶を強く握りしめ、すぐさま進行方向へと目を向けた。
* *
一歩進むごとに小さく鈴が鳴る。
ラファエルに言われたとおり、彼らの姿が見えなくなったところで、ジークは近場の木の根元に腰を落ち着かせた。
彼らの声は遠くに聞こえるけれど、何を言っているのかは分からないし、それもやがて場所を変えたのか聞こえなくなった。
静かになると、いまだ自分の吐息が熱っぽいことに気づく。ラファエルから離れたことで、ぶり返してきたのかもしれない。
加えて、先刻目にした光景――恐らくはこれから
「考えない……考えないようにしないとっ……」
でなければ、うっかり引きずられてしまいそうだ。
ジークは振り払うように頭を振って、ゆっくりと深呼吸をした。
「――これ、飲んで下さい」
小瓶を握りしめたまま、立てた膝の間で項垂れていると、ややして視界がふっと陰った。
「リュシー、さん……?」
頭上から降ってきた聞き覚えのある声に、ジークはゆるりと顔を上げる。
ぼやけた焦点を瞬いて合わせると、先に目に入ったのは、眼前に差し出された覚えのある小瓶だった。中には不思議な色合いの液体が入っている。アンリがリュシーに持たせていた抑制剤だ。
ちらりと視線を更に上向ける。案の定、それを持っていたのはリュシーだった。ただしその面持ちは、予想以上に疲弊しているようで……。
(俺のせい……だよな)
絶対そうだ。
ジークは思い込み、すぐに「すみません……」と呟いたものの、一方でじりじりと温度を上げる身体の熱が、その眼差しに甘さを滲ませる。どころか、気がつくと口端に誘うような笑みまで浮かべていて、
「しっかりして下さい」
「……! は、はい、すみません……っ」
諫めるようなリュシーの声に、ジークは慌てて手を退き、背筋を伸ばした。
危うく小瓶を通り過ぎ、リュシーの手首の方を掴むところだった。