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15.霧の中で06

「風向きが変わると時々な。いまはそんなでもないが」


「そ……」


 そうなのか?

 だとしたら……それはつまり、ジークあいつが発情したってことだよな? 


 ラファエルほどではないが、リュシーもジークのフェロモン匂いにはあてられにくい。それもあるのだろう、言われてもなお、リュシーにはそれがよくわからなかった。傍にいるならまだしも、この距離ではまったく感知できないようだ。


「そんなの……」


 緊急抑制剤くすり俺が持っているここにしかないのに――。


「もっと早く言えよ……!」

「えー」


 当てつけるように言うと、ロイは心外そうに苦笑する。

 それを無視して、リュシーは急くように視線を巡らせた。とにかくバスケットを――その中の薬を持って、ジークのところに行かないと……!


「……っ」


 なのに、50センチほど先に見つけたバスケットへと踏み出すだけで、危うくカクンと膝が折れそうになる。


「まぁ、この間ほどじゃねぇから……」


 わかっていたようにその腰に手を添えたロイが、気休めのようなことを口にしながら、次には当然のようにリュシーの身体を抱き上げた。

 リュシーの視界がぶれて、視線が上向く。ぎょっとしたリュシーは目を瞠り、身を捩った。


「! なっ……歩くくらいできます!」

「急ぐんだろ? この方が早い」


 言うなり、ロイはリュシーのバスケットを尻尾で引っかけ、歩き出した。


「っ……」


 そう言われると反論できない。

 リュシーは心底不服そうな顔をしながらも、ひとまず暴れるのをやめた。


(何でこんなことに……)


 リュシーは近すぎる距離に目を逸らした。

 どことない景色――できるだけ真っ白な霧だけを意識して、極力ロイの方を見ないようにする。


 けれども、そんな伏し目がちなリュシーの面持ちを、ロイの方は僅かに笑みを滲ませたままじっと見つめていた。


(青い鳥か……)


 それを思わせる青い髪。同色の瞳に長い睫毛。大人しくしていれば可憐な少女と見紛うようなリュシーの本当の姿は、15センチほどしかない青い鳥だ。


 だからだろうか。

 華奢な方ではあるものの、身長はそこまで低い方ではないのに、その身体は予想よりもずっと軽く感じる。もちろん、体格差や平均より長けているロイの身体能力によるところもあるのだろうが……。


「……唇、傷になっちまったな」

「こんなのすぐに治ります」


 いつもは一文字いちもんじでしかない唇が、心なしかへの字の形に曲げられている。

 その表面には、最中にリュシーが強く噛み締めたためについた痕が小さく残っていた。


 ロイは僅かに目を細め、ちらりと舌を覗かせた。


「舐めてやろうか」

「悪化するから結構です」


 一瞥もせずに即答されて、ロイは僅かに肩を揺らす。


「今更そんな恥ずかしがらなくても……もうあちこち――」

「……は?」


 言われて、リュシーは瞬いた。


 そういえば俺はどうやって服を……。

 束の間とは言え、意識が飛んでいたせいで一部の記憶が抜けている。


 ロイがったところまでは覚えているのだ。

 種族特性だかなんだか知らないが、その後すぐには解放してもらえなかったことも。

 だけど、そこから先が思い出せない。


 次に気がついた時には、服もすっかり整えられていて、ロイの膝の上に抱えられていた。子供みたいに。

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