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15.霧の中で03

 そういえば、アンリからの説明にあった〝通常ならひと月後〟はもう過ぎている。

 だけど薬は? 薬が効いていれば、発情はしないのでは……。


 いや、でもその薬は、今朝から変わっている。

 ということは、変更後の薬ではだめだったということなのか?


 だとしたら、そもそもなぜアンリは薬を変えたばかりでジークに外出許可を出したのか。

 あのが、こうなることを予見していなかったとは思えない。


 ……わからない。わからないけど、多分これは……覚えのあるこの兆候は――。


「? どうしました?」

「あ、いえ……えっと」


 ジークは努めて答えながらも、じわじわと上昇していく体温に気を取られ、先の言葉が出てこない。

 そうしているうち、ふわりと甘い香りが漂い始める。


「……大丈夫ですか?」

「は、はい……」


 辛うじて頷きはするものの、一方で鼓動はどんどん早くなり、全身の肌という肌が火照っていく。双眸には早くも生理的な涙が滲み、それを隠すように俯くと、ジークは胸元で両手を握り込みながら、再度ふるりと首を振った。


「行って、ください……大丈夫ですので」


 下腹部に血が集まってくる。布地の下で、その嵩が増していく。

 それだけならまだしも、ジークの身体は既に欲しがり始めていた。


 誰でもいい。誰でもいいから、胎内なかに注いでほしい――。


 そんなこと考えたくもないのに、腰が勝手に揺らめいてしまいそうになる。


「お願いします……っ。もう、行ってください……!」


 ジークから立ち上る香りが強くなる。

 けれども、幸いというべきか、ラファエルはそれに気づいていない。

 天使という種族がら、淫魔の発情にあてられにくいという特性があるのだ。


「……でも……」


 とはいえ、見るからに様子のおかしくなったジークを前に、ラファエルもなかなかその場を去れない。

 ラファエルはしばしの逡巡の末、ジークの肩にそっと触れた。


「っ!」


 びくり、とジークの身体が強ばる。それに合わせて、首元の鈴も小さく跳ねた。

 そんな過剰な反応に、驚いたラファエルも思わずその顔を覗き込んでしまう。


「本当に、大丈――、!」


 言われるが早いか、ジークは持っていた小瓶が落ちるのも構わず腕を伸ばした。かと思えば、近まったラファエルの胸倉を掴んでその身を引き寄せ、次には噛みつくようにキスをする。


「は……んっ、んん……っ」


 ラファエルの唇に強請るみたいに舌を這わせる。開けて欲しいと歯列をなぞる。

 けれども、それにラファエルが応えてくれることはなく、


「待っ……待って下さい。ほら、しっかりして」


 それどころか、すぐさま冷静に肩を押し返され、ひたひたとその頬を軽くたたかれた。


「あ……あ、お、俺……っ。す、すみません!」


 ラファエルの優しい声とその仕草に、束の間我に返ったジークは、ますます顔を紅潮させながらも何とか謝罪する。

 呼吸はいまだ忙しないままだが、相手が純血の天使ラファエルだからだろうか、少しばかり発情の波が穏やかになった気がしないでもない。


 ……と、思った矢先、


「……?」


 どこからともなく、鼻歌のような音が聞こえてきた。

 その微妙にずれた旋律は次第に鮮明になり、ラファエルとジークは釣られるように頭上に目を遣った。


「げっ!! なんでお前が!」


 次いで降ってきたのは、そんな品のない声だった。

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