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15.霧の中で02

(あ、でもそういえば……)


 しばし気恥しそうに視線を落としたままだったジークは、けれどもそこではっとする。

 あの日――正しくはあの直後のことを更に思い出したからだ。


 あの時、ラファエルは間一髪(ギリギリアウトとも言えるが)のところでジークからギルベルトを引き剥がしてくれた。

 普通ならそこで感謝して終わるところだが……よく考えたら引き剥がす前にこの男は何かしていなかったか?


襲ってきたあの人に……キス? してたような……)


 しかもその後だって……。


(え……。ラファエルさん、あの後あの人……と……?)


 ジークが無事抜け出した後のベッドに、押し倒されていたのはギルベルト暴漢の方だった。そしてギルベルトの押し倒された方も、まもなくしっかりと反応を見せていたような――。


 え……本当に……?


(いや、俺、何考えて……)


 妙に記憶が鮮明になり、思考がそちらに引っ張られそうになる。


(どのみち、そんなこと聞けないし……っ)


 慌てて全てを振り払うよう、ジークはぶんぶんと頭を振った。


「どうかしましたか?」

「あっ、いえ! すみません!」


 必要以上に大きな声が出た。

 弾かれたように上げた顔が、気遣わしげな眼差しを受けてぽんと赤くなる。


(こんな親切な方に……俺は何を)


 実際には、あれ以上は何もなかったかもしれないし。

 部屋を出た後はアンリが気配を消す魔法をかけてしまったので、特に何が聞こえたわけでもない。なので当然確証があるわけではないのだ。


(申し訳ない……)


 こんなにも清廉そうな方を前に、不埒な想像をしてしまって。


 思わず頭を下げたジークに、ラファエルは小さく瞬くと、


「別に謝る必要はありませんけど……」


 と、くすりと笑うような吐息を漏らした。


「それで、今は何をしているんです? えっと……」

「あ、すみません。ジークです。ジークリードといいます。……えっと、今……今日は、先生……アンリさんの、おつかいで」


「おつかい? こんなところで?」

「はい、これを……この花の蜜を、助手? の、リュシーさんと集めていたんですけど……」


「はぐれたんですか」

「は、はい……」


 リュシーっていうと……あの青い髪の青年のことか。アンリの家に住んでいる、青い鳥の――。


 何気なく思い出しながら頷くと、ラファエルは改めてジークを見下ろした。


「……しばらく、一緒にいましょうか」

「えっ……」

「霧が晴れるまで。多分あなたよりはこの森にも慣れているので」


 辺りを軽く一望しながら言うラファエルに、ジークは目を上げ、背筋を伸ばした。

 けれども、数秒後にはふるふると首を振る。


「い、いえ、大丈夫です、俺一人で……。リュシーさんが来るまで、じっとしていればいいだけなので」

「そうですか」


 特に食い下がるでもなくにこりと微笑み、ラファエルは不意に片手を差し出した。


「じゃあ、僕は行きますけど……」

「え……?」

「とりあえず、そのままでは服、濡れてしまいますよ」


「あっ」


 そうだった。

 さっき尻が濡れてしまったと反省したばかりなのに。


 ジークは急くように立ち上がろうとした。

 けれども、そこで不意にめまいのようなものを感じてしまい、浮かせた腰が再びぺたんと地面に落ちてしまう。何だか足にも上手く力が入らない。


 ずっと座っていたせいで、立ちくらみでも起こしたのだろうか。座り方のせいで、足が痺れてしまったのか……?


「……!」


 そう思っていた矢先、それを否定するかのように、身体の奥がじんと疼いた。

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