(あ、でもそういえば……)
しばし気恥しそうに視線を落としたままだったジークは、けれどもそこではっとする。
あの日――正しくはあの直後のことを更に思い出したからだ。
あの時、ラファエルは間一髪(ギリギリアウトとも言えるが)のところでジークからギルベルトを引き剥がしてくれた。
普通ならそこで感謝して終わるところだが……よく考えたら引き剥がす前にこの男は何かしていなかったか?
(
しかもその後だって……。
(え……。ラファエルさん、あの後あの人……と……?)
ジークが無事抜け出した後のベッドに、押し倒されていたのは
え……本当に……?
(いや、俺、何考えて……)
妙に記憶が鮮明になり、思考がそちらに引っ張られそうになる。
(どのみち、そんなこと聞けないし……っ)
慌てて全てを振り払うよう、ジークはぶんぶんと頭を振った。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ! すみません!」
必要以上に大きな声が出た。
弾かれたように上げた顔が、気遣わしげな眼差しを受けてぽんと赤くなる。
(こんな親切な方に……俺は何を)
実際には、あれ以上は何もなかったかもしれないし。
部屋を出た後はアンリが気配を消す魔法をかけてしまったので、特に何が聞こえたわけでもない。なので当然確証があるわけではないのだ。
(申し訳ない……)
こんなにも清廉そうな方を前に、不埒な想像をしてしまって。
思わず頭を下げたジークに、ラファエルは小さく瞬くと、
「別に謝る必要はありませんけど……」
と、くすりと笑うような吐息を漏らした。
「それで、今は何をしているんです? えっと……」
「あ、すみません。ジークです。ジークリードといいます。……えっと、今……今日は、先生……アンリさんの、おつかいで」
「おつかい? こんなところで?」
「はい、これを……この花の蜜を、助手? の、リュシーさんと集めていたんですけど……」
「はぐれたんですか」
「は、はい……」
リュシーっていうと……あの青い髪の
何気なく思い出しながら頷くと、ラファエルは改めてジークを見下ろした。
「……しばらく、一緒にいましょうか」
「えっ……」
「霧が晴れるまで。多分あなたよりはこの森にも慣れているので」
辺りを軽く一望しながら言うラファエルに、ジークは目を上げ、背筋を伸ばした。
けれども、数秒後にはふるふると首を振る。
「い、いえ、大丈夫です、俺一人で……。リュシーさんが来るまで、じっとしていればいいだけなので」
「そうですか」
特に食い下がるでもなくにこりと微笑み、ラファエルは不意に片手を差し出した。
「じゃあ、僕は行きますけど……」
「え……?」
「とりあえず、そのままでは服、濡れてしまいますよ」
「あっ」
そうだった。
さっき尻が濡れてしまったと反省したばかりなのに。
ジークは急くように立ち上がろうとした。
けれども、そこで不意にめまいのようなものを感じてしまい、浮かせた腰が再びぺたんと地面に落ちてしまう。何だか足にも上手く力が入らない。
ずっと座っていたせいで、立ちくらみでも起こしたのだろうか。座り方のせいで、足が痺れてしまったのか……?
「……!」
そう思っていた矢先、それを否定するかのように、身体の奥がじんと疼いた。