「……さっきから時々聞こえるあれ……動物の鳴き声かな」
樹の根元で膝を抱えたまま、ジークは心配そうにぽつりと呟く。
きゃんきゃんというか、きゅんきゅんというか……。
はぐれてからしばらくして、どこからかそんな悲鳴のような声が聞こえてくるようになった。何かしていれば気付かない程度の微かな音だけど、こうしてじっと静かにしていると確かに聞こえるような気がするのだ。
ここは深い森の中。自然の摂理と言われればそれまでだが、だとしても、もし捕食者が被食者を弄んでいたりするのなら、どうにか助けてあげたい気もする。
思いながらも、はぐれたら動くなという指示に背けないジークは、ただ手の中の瓶を見つめながら、せめてもとその無事を祈るしかない……。
* *
それから少しだけうとうとしてしまい、ぽろりと手の中から小瓶がこぼれ落ちた感覚にはっとした。ころころと数十センチ転がったそれを目で追うと、幸いにも草や落ち葉がクッションとなり、容器が割れることも中身がこぼれるようなことにもなっていなかった。
「良かった……」
ジークはほっとしながら、這うようにしてそちらへと手を伸ばす。
そうして今更気がついた。
尻が微妙に湿っている……。すでに数十分、ずっと地面に座り込んでいたため、湿気てしまったらしい。
せめてマントを下に敷いておけば良かった。
若干の後悔を覚えながら、ジークは目の前の小瓶へと意識を戻した。
その視界が、不意に陰った。
「え……?」
「やぁ、あなたは……」
次いで降ってきたのは穏やかで心地いい声。
思わず手を止めた先で、相手が転がっていた小瓶を拾い上げた。
ジークはつられるように顔を上げた。
依然として濃い霧のせいで気付かなかったが、足はちゃんとあるようだ。
そこに立っていたのは、よく見るとどこかで会った覚えのある長身の男だった。
彼は柔らかな眼差しでジークを見下ろし、ゆるやかに波打つ
「どうぞ」
笑顔で小瓶を差し出される。「あ、ありがとうございます」と、ジークは呆気にとられながらも、それを素直に受け取った。四つん這い状態のまま――。
「あっ、すみません」
そんな自分の格好に遅れて気付き、ジークは慌てて身体を起こした。そのまま草の上に正座して、
「え、えっと……あなたは」
改めてそのそこはかとなく神聖な雰囲気を纏っている男の姿を見つめた。
その姿は確かに記憶にあるのだ。ところどころ霞んでいる感じもするけれど、絶対にどこかで会ったことがある。
……でも、いったいいつ、どこで……?
「あぁ、失礼しました。僕はラファエルです。あなたは……アンリのところにいた方ですね」
「え」
頭の中で記憶を辿っていると、不意にパズルがぴたりとはまった。
アンリのところ。
そうだ。自分が
ジークは瞬き、確かめるように呟いた。
「窓を壊した、……」
「……あぁ、そうでしたね。あの時はすみませんでした」
「あ、いえ、じゃなくてっ……すみません、俺、助けていただいたのに……!」
「助けた?」
今度はラファエルが瞬く番だった。僅かに視線を上向け、考えるような仕草をする。
当然と言えば当然かもしれない。
あの時のラファエルには、特にジークを助けようという意識があったわけではない。
ラファエルはただ、ギルベルトが自分以外の誰かと、というのが気に入らなくて、それを阻止したにすぎなかった。
……かと言って、もちろんそんな余計なことは口にはしない。
「あ――いえいえ。あの時は災難でしたね。僕には状況がいまいち飲み込めませんでしたが……」
「あ、はい……。実は俺も……いまだによく分かってなくて」
そうなんですか……? それはそれでどうなんですか?
にわかにラファエルの顔にはそう浮かんだけれど、はにかむように視線を落としたジークは気付かない。