* *
視界の端で、一つの影が霧の向こうへと消えた。
それを気にする暇もなく、
「いや、そ……、嘘だろ」
追い詰められたようにリュシーの声が微かに上擦る。
「何が?」
「何がって……」
腕の間に閉じ込められるような格好で、背後の木の幹へといっそう身体を押し付けられる。耳にかかる髪を軽く除けられ、耳殻に舌を這わされる。傍ら、下肢を膝で割られると、嫌でもその存在を意識してしまった。
(いや、無理だし……)
例によって視線は明後日の方向へと投げている。
けれども、ロイのそれが布地の下で、しっかりと主張しているのは見るまでもなく伝わってきた。
……そしてそれが、
「いや、無理だからそんなの……マジで」
それが予想を軽く超える質量となっていることにも気付いてしまった。
よくあるサイズから大きく外れた規格外のそれが、彼の濃い草色の生地を窮屈そうに押し上げているのが容易に想像できる。
「……お前、慣れてんのか慣れてねぇのかわかんねぇな」
くく、と喉奥で笑ったロイが、揶揄うように下腹部を密着させてくる。「これのことじゃねぇよな?」とあえてとぼけられているようで、リュシーは「ちょん切れろ」と心の中で悪態をついた。
「大体、なんで俺なんですか」
ロイの手が、きっちりと詰められているリュシーの襟元を寛げようと動く。リュシーはおもむろにその手を掴み、
「あんたなら、相手なんていくらでも見つかるでしょう」
吐き捨てるように言って溜息をつく。
それこそロイ本人が性別を問わないというなら、なおさら相手には困らないだろう。
……まぁ、
「そんなの、お前のこと気に入ってるからに決まってるだろ」
「はぁ……?」
「これでも、いつか機会があればってずっと思ってたんだよ」
「……」
「……信じてねぇな」
「はい」
あっさり頷きながらも、言われてみれば思うところがないわけでもなかった。
無理矢理地面に突き倒されるわけでもなければ、服を破られるわけでもない。掴んだ手をぞんざいにに振り払われることもないし、触れ方だって確かに優しい……気もする。
「ひでぇな。前にも誘っただろ。森の中で倒れてたあの……黒髪のぼっちゃん見つけた時」
「?」
けれども、それにはまるで心当たりがない。
リュシーが無表情のまま僅かに首を傾げていると、今度はロイが苦笑混じりに溜息をついた。「やっぱ伝わってなかったか」と独りごちるようにこぼしながら。
その刹那、リュシーは一つのワードを思い出した。
「――あ。複数プレイのことですか?」
「それは覚えてんのかよ」
ロイは一瞬ぽかんと口を開け、それから吹き出すように肩を揺らした。
「複数プレイ、したことあるのか?」
「苦手だって言ったじゃないですか」
「苦手だってことは、経験が……」
「うるさいな。違うなら違うって言やいいんですよ」
リュシーは被せ気味に遮ると、自棄になったように掴んでいたロイの手を放した。
そして、
「もういいです。やるならとっととやってください」
「いやいや、どうせなら一緒に楽しもうぜ」
「そういうの、ほんと大丈夫なんで。俺、どちらかと言えば急いでますし――」
平板ながらも、少しばかり早口にまくし立てると、
「ぼっちゃんを待たせてるからか?」
「!」
思いがけない言葉を挾まれ、危うくリュシーはロイの顔を見返しそうになってしまった。