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契約魔法のせいで02

 先刻リュシーが頑なに目を閉じていたのは、いつ何時なんどきアンリに視界を覗かれるかわからないからだ。アンリの眷属であるリュシーには、そういう契約魔法がかけられている。

 ……断じて久々のキスに流されたからではない。


「……っ」


 なのに、ロイが離れると、支えをなくしたようにリュシーはぺたりと尻もちをついてしまった。

 濃霧のせいもあるのだろう、地面からひんやりとした冷たさが伝わってくる。


「悪かったな。大丈夫か」

「大丈夫って……何が……」


 顔を上げると、ロイが申し訳なさそうにリュシーを見下ろしていた。

 リュシーは「何の問題もありませんけど」と言いながら立ち上がろうとする。

 けれども、どういうわけか足に力が入らない。……まるで腰が抜けたみたいに。


(……あれ)


 何度か試してみたけれど、やっぱり思うように動けない。

 すると見かねたように、ロイが小瓶を持たない側の手を差し出してきた。


「何がっていうか……立てねぇんだろ?」

「!」


 図星を指され、言葉に詰まった。


「ほら」

「……大丈夫ですから」


 リュシーは逃げるように視線を逸らした。


 ……最悪だ。

 何でいきなり立てなくなってるんだ。

 しかもこんなタイミングで……!


「いいから、ほら。尻、濡れるぞ」


 言われた通り、ぐずぐずしている間にも、接地面からじわりと湿気が広がっていくような感覚があった。

 それでもその手を取らないでいると、痺れを切らしたみたいに腕を掴まれた。


「あっ」


 強い力で引き上げられる。

 けれどもいまだ足元はおぼつかず、そのままロイの胸へと寄りかかってしまう。


(だから嫌だったのに)


 らしくない失態に、気恥ずかしさが込み上げる。目元を隠すかのように伸ばされた前髪の下で、まなじりがじわりと熱を持つ。


「……案外見た目通りなんだな」

「は……?」

「反応。……キスで腰抜かすとか」

「はぁ?!」


 ロイの手が、不意にリュシーの背を撫で下ろす。

 心外そうに声を上げたリュシーを見下ろしたまま、ロイは僅かに口端を引き上げた。


「単に、驚いただけです」

「そうかぁ?」


「あんた……俺をなんだと思って、……!」


 言葉も半ばに、ぐっと腰を引き寄せられる。

 リュシーはいっそう間近となったロイから視線を外し、


「離してください。今日のあんた、なんかおかしいですよ」


 溜息混じりに腕を突っぱねようとするけれど、先刻と同じようにそれをロイは許してくれなかった。

 ――どころか、気がつくとロイの呼吸は再び浅くなっていて、ますます身体を押さえつけられる。


「……?!」


 リュシーは反射的にロイを見た。

 かち合った金色の隻眼が、獲物でも狙うかのように細められる。さっきまでの印象と違う。瞳孔が収縮している。

 ……嫌な予感がした。


「違いますから!」


 リュシーは自身を奮い立たせるようにも声を張り、ロイの身体を強く押した。


「ロイ!」


 とにかく正気に戻れと、重ねて名を呼んだ。ロイの胸元をドンと叩いた。

 その拍子に、ロイの他方の手の中の小瓶から小さく雫が飛び散った。


「あっ……」


 それに気付いて、瓶が落とされてしまうのではと思ったリュシーは動きを止めた。

 その刹那、ふっとロイの腕が緩む。


「……悪い。リュシー」

「悪いと思うなら、最初からしないでください」


 ようやくロイの腕から抜け出したリュシーは、よろめきながらも何とか自力で立つと、すぐさま片手を差し出した。


「返して下さい、それ」


 ロイの持つ小瓶へと向けて、催促するように小さく手を振る。

 ロイは思い出したように自身の手元に目を遣ると、数拍何かを考えるような間を置いて、


「いいけど……ちょっと付き合ってくれよ」

「……え?」


「発情してるんだよ、俺。群れの雌にあてられて」


 けれども、今回その彼女めすが選んだのは、別の雄だった。


「要はふられたわけ」


 リュシーの必死の呼びかけに何とか我に返ったロイだったが、自嘲気味にそう言いながらも、その眼差しはどこかギラついたままだった。

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