* *
「リュシーさん」
30分以上の時間が過ぎても、ジークの様子は変わらなかった。
今回の薬には副作用がないのか――あるいはジークにそれだけ合っているのか。
リュシーはサンルームのようになった一角に並べられた鉢植えの世話をしながら、続くリビングの窓を拭いていたジークを確認するようにちらりと見遣る。すると待っていたみたいに名前を呼ばれ、内心少し驚いた。
「今日って、ずっと霧なんですか?」
「……え?」
「外……」
ジークはガラスを拭く手をそのままに、窓外の景色を見つめていた。
今日は一日霧だ。アンリは確かにそう言った。
言われた通り、今朝は霧が出ている。だが、それが〝一日続く〟と、はっきり言い切ったのが気になっていた。
アンリとリュシーの会話の内容はほとんど理解不能なジークだったが、田舎育ちなだけに天気には少々敏感なところがある。そのせいか、そこだけはしっかりと頭に残っていたのだ。
「普通霧は朝出ることが多くて、昼までにはだいたい晴れますよね? もちろん、一日中霧の日もありますけど、でもそれが今日とは……」
「ああ……それは」
言いながら、リュシーも窓の外へと目を向ける。それから、吐息混じりに言った。
「分かるらしいですよ」
「分かるって……えっと、天気が? ですか?」
ジークは手を止め振り返った。
「はい」
リュシーが頷けば、大きく目を瞠り、たちまちその瞳をきらきらと輝かせた。
「ええ! すごい! 先生、天気予報得意なんですね!」
――魔法使いアンリ。特技〝天気予報〟――。
不意に頭を過ぎったそんな文言に、リュシーは思わず笑ってしまいそうになった。
そんなリュシーをよそに、ジークは何度も「すごいなぁ」と繰り返しながら、再び窓ガラスを拭き始める。
(……幸せなやつだな)
その素直すぎる反応に、リュシーは呆れるを通り越して感心してしまいそうになった。
まもなく自分も手元へと視線を戻し、植物の根元に魔法薬を振りかける作業を再開したものの、
(…………もし、ご主人が……)
その一方で、ぼんやり考えてしまう。
もしご主人が、本当に
少なくとも、毎日黙って薬の治験なんてされることなく、もっと優しく、誠実な対処をして貰えていたはずだ。
(……まぁ、今更どうしようもねぇけど)
考えても仕方ないことは、考えない方がいい。
リュシーは密やかにため息をつくと、次にはさっさと意識を切り替え、仕事に集中することにした。